持統天皇(三十八)難波の大蔵の鍫・繋囚と見徒を皆、赦す

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持統天皇(三十八)難波の大蔵の鍫・繋囚と見徒を皆、赦す

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現代語訳

(即位6年)夏4月2日。大伴宿禰友国(オオトモノスクネノトモクニ)に直大弐を贈りました。合わせて賻物(ハブリモノ=遺族に贈るもの、香典みたいなもの)を与えました。
4月5日。4つの畿内の百姓の、荷丁(モチヨホロ=荷持ちの労役者)となるものの、今年の調役(エツキ)を免除しました。
4月19日。使者を派遣して、広瀬大忌神と竜田風神を祀らせました。
4月21日。位の有る人で、親王より下、進広肆に至るまで、難波の大蔵の鍫(スキ=?)を与え、それぞれに品がありました。
4月25日。詔(ミコトノリ)して言いました。
「すべての繋囚(トワワレビト=すでに囚われている人)・見徒(イマミツカウツミ=今、見つかった罪人)は、皆、許して、放散しなさい」
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解説

難波の大蔵の鍫
何でしょう?
恩赦・特赦・大赦
囚人を放ち、見つかった罪人も許す。そんなことをすれば、社会に罪人があふれてしまいます。これは「罪の穢れ」を嫌ったからでしょう。どうして罪の穢れを嫌ったのか? 
根本に持統天皇の子で若くして亡くなった「草壁皇子」があります。その前に自殺に追い込まれた大津皇子がいます。大津皇子の祟り(穢れ)が、草壁皇子の死の原因だという感覚があったんじゃないかと思います。
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原文

夏四月丙申朔丁酉、贈大伴宿禰友国直大貳、幷賜賻物。庚子、除四畿內百姓爲荷丁者今年調役。甲寅、遣使者祀廣瀬大忌神與龍田風神。丙辰、賜有位親王以下至進廣肆、難波大藏鍫、各有差。庚申、詔曰、凡繋囚見徒、一皆原散。
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