哭女と麁寸は異父兄弟・飽田女と麁寸は異母兄弟

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仁賢天皇(八)哭女と麁寸は異父兄弟・飽田女と麁寸は異母兄弟

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原文

玉作部鯽魚女與韓白水郎嘆、爲夫婦生哭女。住道人山杵、娶哭女、生飽田女。山杵妻父韓白水郎嘆與其妻哭女、曾既倶死。住道人山杵、上姧妻母玉作部鯽魚女、生麁寸。麁寸、娶飽田女。或本云「玉作部鯽魚女、共前夫韓白水郎嘆、生哭女、更共後夫住道人山杵、生麁寸。則哭女與麁寸、異父兄弟之故、哭女之女飽田女、呼麁寸曰『於母亦兄』也。哭女嫁於山杵、生飽田女。山杵又淫鯽魚女、生麁寸。則飽田女與麁寸、異母兄弟之故、飽田女呼夫麁寸曰『於吾亦兄』也。古者、不言兄弟長幼、女以男稱兄、男以女稱妹。故云『於母亦兄、於吾亦兄』耳。」
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現代語訳

玉作部鯽魚女(タマツクリベノフナメ)と韓白水郎嘆(カラマノハタケ)は夫婦となって哭女(ナクメ)を生みました。住道の人の山杵(ヤマキ)は哭女を娶って飽田女(アクタメ)を生みました。山杵の妻の父の韓白水郎嘆と妻の哭女はすでにふたりとも死にました。住道の人の山杵は妻の母の玉作部鯽魚女を犯して、麁寸(アラキ)を生みました。麁寸は飽田女を娶りました。

ある本では…「玉作部鯽魚女は前の夫の韓白水郎嘆と哭女を生みました。さらに後の夫の住道の人の山杵と麁寸を生みました。哭女と麁寸は異父兄弟であるが故に、哭女の娘の飽田女は麁寸を呼んで言いました。
『母にも兄(セ)』


哭女は山杵に嫁いで、飽田女を生みました。山杵はまた鯽魚女とも姦淫して、麁寸を生みました。飽田女と麁寸は異母兄弟であるが故に、飽田女は夫の麁寸を呼んで言いました。
『吾にも兄(セ)』


古くから兄弟の長幼を問わず、女は男兄弟を兄(セ)と言い、男は女兄弟を妹(イモ)といいます。よって『母にも兄、吾にも兄』と聞こえるのです」
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