河上娘を連れ去ったことで駒は殺される

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崇峻天皇(十八)河上娘を連れ去ったことで駒は殺される

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現代語訳

(即位5年11月)5日。駅の使者を筑紫将軍の元へと派遣して
「国内の乱(ミダレ)によって、国外のことを怠ってはいけない」
と言いました。

この月(11月)に東漢直駒(アズマノアヤノアタイコマ)は蘇我の嬪(ミメ=天皇に使える女官)の河上娘(カワカミノイラツメ)を盗み連れ去り妻としました。
河上娘は蘇我馬子宿禰の娘です。馬子宿禰は河上娘が駒に盗まれ連れ去られたとは知らないで、死去したと思っていました。駒は嬪(ミメ)を穢し犯したことが、明るみになって、大臣(オオオミ=蘇我馬子のこと)に殺されました。
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解説

これにて崇峻天皇の段も終了。

崇峻天皇を殺した東漢直駒も、蘇我氏の娘を連れ去り犯したことで、蘇我氏に殺されてしまいます。この辺りは、素直に読めば因果応報なのですが、体良く蘇我氏に証拠隠滅というか、ただ嫌な役を押し付けられただけ、に見えますよね。
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原文

丁未、遣驛使於筑紫將軍所曰「依於內亂、莫怠外事。」

是月、東漢直駒、偸隱蘇我嬪河上娘、爲妻。河上娘、蘇我馬子宿禰女也。馬子宿禰、忽不知河上娘爲駒所偸、而謂死去。駒、汙嬪事顯、爲大臣所殺。
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