竹田皇子の陵に葬って欲しい

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推古天皇(六十四)竹田皇子の陵に葬って欲しい

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原文

夏四月壬午朔辛卯、雹零、大如桃子。壬辰、雹零、大如李子。自春至夏、旱之。秋九月己巳朔戊子、始起天皇喪禮。是時、群臣各誄於殯宮。先是、天皇遺詔於群臣曰「比年五穀不登、百姓大飢。其爲朕興陵以勿厚葬、便宜葬于竹田皇子之陵。」壬辰、葬竹田皇子之陵。

現代語訳

(即位36年)夏4月10日。雹(アラレ)が降りました。大きさは桃の実のようでした。
(4月)11日。雹(アラレ)が降りました。大きさは李の実のようでした。春から夏まで日照りでした。

秋9月20日。始めて天皇の葬礼をしました。この時に群臣(マヘツノキミタチ=臣下たち)がそれぞれ殯宮(モガリノミヤ)で誄(シノビコトモウス=死者に言葉をかける葬礼の儀式)をしました。これ以前に天皇は群臣に遺言として詔(ミコトノリ)をしていたそれが発表されました。
「このごろ、五穀は実らない。百姓はとても飢えている。朕のための陵(ミサザキ)を立てて、厚く葬ることをしないよう。ただ竹田皇子(タケダノミコ=敏達天皇と推古天皇の子)の陵に葬って欲しい」
24日。竹田皇子の陵に葬りました。
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解説

でっかいアラレが降ったんですね。相当な天変地異だったハズです。
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