渡来人

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概要

まとめ
●日本国外から来た氏族のこと。
●帰化人という言い方もする。
●新技術や進歩文化を伝えたとする。
●渡来人に関する記述は朝鮮史観の影響があると思われる。

個人的コラム

朝鮮史観
朝鮮(韓国)の人は、とにかく「自分は偉い」というところから、始まります。よって藤原鎌足という偉人は「朝鮮人であって欲しい」というベクトルが強く掛かります。だから「出自がハッキリしないのは渡来人だから」という理屈が生まれます。また「自分は偉い」という考えから、「朝鮮は日本に文化を伝えた」という思い込みを生みます。この二つは朝鮮史観の土台と言っていいでしょう。
朝鮮史観の根っこは儒教です。


渡来人という言い方は非常に曖昧です。渡来人とは朝鮮人か? 中国人か? いや、当時の「倭」の感覚では、ソレ以外の民族も「渡来人」になるでしょう。日本に文化が伝播した経緯が「朝鮮経由のみ」とするのは、間違っているでしょう。「倭」は朝鮮だけでなく、琉球と、あと何より蝦夷とも接していました。また、時代によっては朝鮮半島南部が「倭」「ヤマト」の領地だったこともあり、百済も倭・ヤマトの配下だったことがあるので中国とも接しています。特に琉球と蝦夷に関しては古代の史書・物証が一切無いので、そこに何があったのか? はっきりとはしていません。しかし、何ら伝わっていないと考えるのは無理があるでしょう。琉球は中国・台湾、そしてインド・インドネシアなどの東南アジアとの交易があったはずです。文化の伝播がむしろ琉球がメインだったと考える方が妥当に思うのです。

そもそも「渡来人」とか「帰化人」という言葉が、現代になって作られたものですから、古代には「誰々は渡来人だ」というのはありません。もしも「倭人」でなければ「韓人」とか「漢人」と書き残すでしょう。だから、渡来人が優秀で文化的に上位ならば、尚更、出自を「韓人」「漢人」と書きしるしたくなるようでないと辻褄が合わない。

わたしは渡来人が朝鮮人とは限らないと思っていますし、朝鮮が文化的に発展していたかも疑っています。また日本人というものが、現在ほど特定の人種という感覚も無かったでしょう。朝鮮人と日本人の違いなんて、見た目にはありません。言葉くらいです。文化的にも現在ほど離れていなかったのではないかと思ってます。それに百済にも新羅にも王朝初期には倭人が関わっています。倭人(=大和朝廷)にとっては当時の朝鮮人に対しては身内という感覚があったのでしょう。当時のという書き方をしたのは、現在の朝鮮人と古代の朝鮮人が血統・文化ともにかなり変異しているからです。
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