白鳥も焼いたら黒鳥になるだろう

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仲哀天皇(三)白鳥も焼いたら黒鳥になるだろう

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原文

閏十一月乙卯朔戊午、越国、貢白鳥四隻。於是、送鳥使人、宿菟道河邊。時、蘆髮蒲見別王、視其白鳥而問之曰「何處將去白鳥也。」越人答曰「天皇戀父王而將養狎、故貢之。」則蒲見別王、謂越人曰「雖白鳥而燒之則爲黑鳥。」仍强之奪白鳥而將去。爰越人參赴之請焉、天皇於是、惡蒲見別王无禮於先王、乃遣兵卒而誅矣。蒲見別王則天皇之異母弟也、時人曰「父是天也、兄亦君也。其慢天違君、何得兔誅耶。」是年也、太歲壬申。

現代語訳

(即位1年)閏年の11月4日。越国(コシノクニ)が白鳥を4隻(ヨツ)を献上しました。鳥を送(タテマツ)る使人(ツカイ)が菟道河(ウジガワ=宇治川)のほとりに泊まりました。そのときに蘆髮蒲見別王(アシカミノカマミワケノミコ)はその白鳥を見て、問いました。
「どこに持っていく白鳥か?」
越人(コシノヒト)が答えました。
「天皇(=仲哀天皇)が、その父王(=日本武尊)を恋しく思い、(白鳥を)飼って、懐かせようとしているのです。それで献上するのです」
すると蒲見別王(カマミワケノミコ)は越人に言いました。
「白鳥といっても、焼いたら黒鳥になるだろう」
それで強引に白鳥を奪って、去って行きました。
それで越人は(大和の朝廷に)詣でて伝えました。天皇は蒲見別王(カマミワケノミコ)が先王に対する礼が無いことを憎んで、すぐに兵卒(イクサ)を派遣して誅殺しました。蒲見別王(カマミワケノミコ)は天皇の異母弟(ハラコトノオトト)です。その時代の人は
「父(日本武尊)は『天』です。兄(=仲哀天皇)はまた君主です。天を侮り、君主に反抗すれば、どうして罪を免れられるだろうか?!」
と言いました。
この年、太歲壬申。
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解説

わかりづらいですが
仲哀天皇(二)父への顧情を慰めたい」で白鳥を諸国に求めて献上させました。それで、越国の人が白鳥を4羽送ったら、宇治川で仲哀天皇の異母弟の蒲見別王(カマミワケノミコ)が白鳥を見て、「白鳥たって、焼いたらまっ黒焦げになって黒鳥じゃん。ウプププ」と白鳥を取り上げてしまいます。すると、それに切れた仲哀天皇が異母弟である蒲見別王(カマミワケノミコ)を兵を派遣して殺してしまいます。

で、その時代の人は、「父親は天のようなもの、では兄は君主のようなもの。その父をバカにして兄に逆らったら殺されてもしょうがない」と言ったわけです。
完全な儒教思想
儒教には祖霊信仰があります。あなたの存在は「父」があなたを作ったからです。だから「父」はえらいのです、というのが祖霊信仰です。

また、目上は偉いんですよ、という「孝」の考え方もあります。この短いお話の中に祖霊信仰と孝という儒教の大事なポイントが見られます。

日本はかつて「末子相続」でした。完全な末子相続ではないと突っ込む人はいますが、それでも、価値観の変化があったのは間違いないでしょう。

問題はその価値観の変化を古事記の編纂者が「消さなかった」ことです。どこの国でも編纂時の価値観で過去の物語を加工しようとするものですが、なぜか日本の神話は古代の価値観が残ったままで記述されているのです。本来ならば、そんなものはなくなっても不思議ではないのです。

これは日本には「易姓革命」という儒教の思想が抜け落ちていることがあります。そして、この思想が抜け落ちた原因が日本人の古来からある「怨霊信仰」です。まぁ、御霊信仰でもどっちでもいいです。過去の霊が「嘘」を描き残せば恨み、祟るという思想があったんでしょう。後の時代には菅原道真という御霊信仰の代表格が出ますが、それ以前から、御霊信仰に近い感覚はあったはずです。この感覚が古代の史実を極端に変えることは許さなかった、のだと考えています。
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