道徳が法律を超える(徳治主義の一面)

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道徳が法律を超える(徳治主義の一面)

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概要

まとめ
徳治主義は法律より道徳が上にある社会。
●ルール・条約・約束・契約より道徳が上。
徳治主義の「道徳」には「ルールを守る」というのは含まれない。
徳治主義は定食屋が常連に一品サービスするのに似ている。
●サービスを受けた人は定食屋の店主に感謝する。これが道徳が素晴らしいという意味。
●客には常連だろうが新規だろうが、同じようにサービスするのが「ルール」。
●これを超えて道徳を通すのが徳治主義。
●この感覚で国家を運営しているのが韓国。
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徳治主義と法治主義

韓国は儒教の国で徳治主義というのを採用しています。徳治主義というのはザックリと言うと、「道徳によって国を治める」ということです。でも、この説明ではザックリすぎてさっぱり分からないでしょう。韓国が徳治主義ならば、日本は「法治主義」です。法律によって国を治めましょう、という考えです。法律というのは何かと言うと、これまたザックリ言うと「道徳を文章にしたもの」です。まぁ、日本人には「道徳を文章にした」というよりは「社会のルール」「約束ごと」と言ったほうがスッキリと理解しやすいでしょうね。

では、徳治主義と法治主義はどう違うのか?

徳治主義は「法律」よりも「道徳」が優先される社会です。この徳治主義から見た「法」というのは「法律」だけでなく、「ルール」「条約」「約束」「契約」といったものも含みます。では道徳が優先される社会ってのは一体どういった社会なんでしょうか?
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徳治主義の感覚は例えばこういうこと

例えばです。
わたしが近所の定食屋に行きまして、そこで定食を食べたとします。わたしは、その定食屋に一週間に一回は通う常連さんで、いつものように定食を頼むと、店主のおじさんが、サービスに一品つけてくれた、とします。そういうことはよくあることですよね。何も問題はありません。わたしは店主のおじさんを「あぁ、いい人だなぁ」と思います。

ところが、横に座って同じ定食を食べていた人がその様子を見て
「おかしいじゃないか!」と腹を立てたとします。この人の主張は真っ当なものです。だって同じ代金を払って、同じ定食を頼んだのに、隣のやつには一品サービスでついてきて、その人には何もないのです。不公平じゃないですか。おかしいですよね。

実は店主のやったサービスというのは「ルールに外れたもの」です。飲食店というか小売業とか、そういうサービス業は同じものを同じ金額で提供するのが「ルール」です。これは法律で定められているわけではないにせよ、消費者から見れば最低限守らなくてはいけないルールです。だから店主がわたしにサービスしたのは「ルール違反」です。バーゲンなんかもそうですよね。バーゲンで3割4割引いて販売しているけども、正規の価格で買ってる人から見たら「ふざけんな」って話でしょう。

でもですよ。定食屋の店主が一品つけたからって「ルール違反」と腹をたてる人がいたら、そりゃいくら何でも厳しすぎる。それは「ルール違反」ではありますが、世の中では「許容範囲」というものです。それに常連を優遇するのは、飲食業や小売業では「経営のテクニック」のひとつです。

また「サービスを受けたわたし」は店主に感謝しているのです。どうして感謝しているのかというと、「店主がルールを破ってサービスしてくれた」からです。ここはポイントです。別の言い方だとルールを破るだけの正当性(道徳)が「わたしへのサービス」にはあったのです。正当性があれば、ルール(法律)は破っても構わないのです。これが「法律」を「道徳」が上回る状態です。

店主のサービスが国家レベルにまで浸透したのが「韓国」

では、その店主のサービスやバーゲンが国家レベルで行われたらどうでしょうか? それが徳治主義の徳治国家の韓国という国です。どうしても感情的な国家運営にならざるを得ません。ルール違反のサービスが横行する社会ですからね。

韓国のことを「情治国家」とか「激情国家」と揶揄することがありますが、それはつまり「徳治主義」であるが故のことです。決して、「民主主義が成熟していないから」ではありませんし、「法治国家として成熟していないから」でもありません。徳治主義は14世紀に李氏朝鮮が儒教を国の根本として定めて以降、数百年もの間に培われた韓国の文化なのです。これからも韓国が続く限り韓国は徳治主義であり、変わることはありません。韓国は100年後も1000年後も徳治主義です。これはとても大事なことです。韓国は「未発達・発展途上」だから徳治主義なのではなく、成熟した結果として徳治主義なのです。
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