天武天皇(二十九)官鑰と駅鈴と伝印・大友皇子の頭を献上

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天武天皇(二十九)官鑰と駅鈴と伝印・大友皇子の頭を献上

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現代語訳

(即位元年)7月22日。将軍の吹負(フケイ)はすでに倭(ヤマト)の土地を定めました(抑えた、占領したという意味)。すぐに大坂(オオサカ)を越えて、難波に行きました。他の別将軍たちは、それぞれが三つの道から進み、山前(ヤマサキ)に到着して、河の南に駐屯しました。将軍の吹負は難波の小郡(オゴオリ)に留まり、西の諸々の国司(クニノミコトモチ)たちに言って、官鑰(カギ)・駅鈴(スズ)・伝印(ツタイノシルシ)を献上させました。
7月24日。諸々の将軍たちは、皆、筱浪(ササナミ=滋賀県滋賀郡大津宮の一帯)に集まって…
筱は佐佐(ササ)と読みます。

左右大臣と諸々の罪人たちを探し、捕らえました。
7月26日。将軍たちは、不破宮(フワノミヤ)に向かいました。それで大友皇子の頭(カシラ)を捧げて、陣営の前に献上しました。
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解説

ちなみに大友皇子が死んだのは7月23日。場所は山前(ヤマサキ)です。
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原文

辛亥、將軍吹負、既定倭地、便越大坂往難波。以餘別將軍等、各自三道進至于山前屯河南。卽將軍吹負、留難波小郡而仰以西諸國司等、令進官鑰・驛鈴・傳印。癸丑、諸將軍等悉會於筱(筱此云佐佐)浪、而探捕左右大臣及諸罪人等。乙卯、將軍等向於不破宮、因以捧大友皇子頭而獻于營前。
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