孝徳天皇(三十七)市司と要路の津済の渡子の調賦を止め

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孝徳天皇(三十七)市司と要路の津済の渡子の調賦を止め

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原文

罷市司要路津濟渡子之調賦、給與田地。凡始畿內及四方国、當農作月、早務營田、不合使喫美物與酒。宜差淸廉使者、告於畿內。其四方諸国々造等、宜擇善使、依詔催勤。

現代語訳

市司(イチノツカサ)・要路(ヌミノミチ)の津済(ツワタリ)の渡子(ワタリモリ)の調賦(ミツキ)をやめて、田地(タドコロ)を与えなさい。

畿内から四方の国にまで農作(ナリワイ=農作業)の月には速やかに田営(タツクルコト)に務めなさい。美物(イオ=美味しいもの)と酒を食べてさせてはいけない。清廉な使者を使わせて、畿内に報告しなさい。四方の諸国の国造たちも良い使者を選んで、詔(ミコトノリ)のままに催し、務めなさい」
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解説

市司
農作業でできた野菜や穀物を取引するのが「市場」です。米だけ作っていても生活はできません。野菜もないとダメだし、魚だって食べたい。そういう取引をする市場は生活の根本だったわけです。
その市場を管理運営する役職が「市司」です。
要路の津済の渡子
ようは渡し舟のこと。東国から京へと登るためには、間に川が何本もありますから、これを越えるための「渡し守」に対価を払って渡っていたわけです。
調賦をやめて、田地を与えなさい。
これが具体的にどういう意味なのかはハッキリしません。市司たちから「税」を取るのをやめて、土地を与えて、そこから収入・税を得るようにしたのだろうと思われますが、イマイチ。
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