玉祖神社(防府市)

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玉祖神社(防府市)

漢字・読みタマノオヤジンジャ
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概要

住所山口県防府市大字大崎1690
祭神玉祖命(タマノオヤミコト
延喜式には玉祖神社二座とあるので、玉祖命以外にもう一つ神を祀っていたハズ。そのもう一つを八咫鏡を作った石凝姥命(イシコリドメ)とする説があるが、ハッキリとはしない。「不詳」となっています。

物語・由来



平安時代には周防国一宮。
由緒書きを分かりやすく
玉祖命はニニギの天孫降臨の際に五伴緒神(イツトモノオノカミ)に一柱として中国地方を治め、大崎(神社の土地)で没しました。

玉祖神社の北の玉岩窟はその玉祖命が墓とされます。神社の創建はいつかは分かりませんが、相当に古いと思われます。
景行天皇12年の征西で戦勝祈願のために奉納した剣がこの神社の神宝として残っています。

仲哀天皇・神宮皇后も征西で参拝しました。現在の佐野焼きの始祖、沢田長に三足の土鼎(=中国古代形式?の鍋)と盎(=瓶の一種)を作らせてコメを炊いて神に捧げました。また神宮皇后が三韓征伐の前に戦争の吉凶を占ったことにちなんだ占手神事(ウラテジンジ)が残っています。

玉は平和の象徴とされています。
例大祭
9月25日に近い日曜日に釣垂神事(ツリタレノシンジ)があり、その前日に占手神事がある。太陰暦では8月14・15日でした。
●釣垂神事は海に関わる神事。どういった由来かは分からなかった。
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性格・能力


玉祖命が「八坂瓊之曲玉(ヤサカニノマガタマ)」を作ったことから、眼鏡・時計カメラ・宝石等の製造業の崇敬を集める。

神社には不要となった眼鏡を回収する画像のようなものがあった。眼鏡を供養というか祓ってくれるというか、ねぎらってくれるみたいです。わたしも使わなくなった眼鏡を持っていけばよかった。
タマノオヤは古事記には出ていますが、日本書紀には出ていない。古事記では勾玉の記述はあるが「八尺の勾たま」という表現で「八坂瓊之曲玉」ではない。まぁ、細かすぎるか。日本書紀と古事記は多少は違っても、同一視される神様が出ているので、玉祖命が八坂瓊之曲玉を作ったと考えて差し支えないが、一応。
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神社や関連する土地

●地元民には神社よりも北方500mの厄神の森一帯(字江良)を玉祖神社の旧社地と伝承する。ただし神社では遷座したことを否定する。
●厄神とは疫病神という意味もあるが、厄除けの意味もある。
●社記には景行天皇12年筑紫行幸の砌、周防裟婆(さば)に行在所を設けられたのが玉祖神社北方の宮城の森(=厄神の森??)。

長鳴き鳥が


天孫降臨と共に地上に来た鶏で、原産は佐波(山口県)が中心。玉祖命(タマノオヤミコト)がこの地にとどまられた昔は沢山いて、神々の御心を慰め奉ったと伝えられており、一名長鳴き鳥とも言われておりました。昭和26年6月9日天然記念物に指定されました。
玉祖神社社務所
(上、若干意訳あり)

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