シリア難民を日本も受け入れるべきだと言う人は、シリア難民の子供を養子にするべき

MENU
TOP>コラムいろいろ>シリア難民を日本も受け入れるべきだと言う人は、シリア難民の子供を養子にするべき

シリア難民を日本も受け入れるべきだと言う人は、シリア難民の子供を養子にするべき

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

概要

まとめ
●日本人は和の民族で、「異物」を排除する性質がある。
●よって難民の受け入れは社会的混乱を引き起こす。
●難民受け入れすべき、と言う人は、言葉は綺麗だが、実際に難民が来ることで混乱する立場にない。そういう地域に住んでいない。
●日本人は言霊信仰があり、最悪の事態を想定するのが下手。難民受け入れによって、被る損失についてあまり言葉にしない。
●よって綺麗な意見が見られやすいが、現実的ではない。
●難民受け入れを主張する人は、シリア難民の子供を養子にするべき。そうして行動で示して理解を求めるべき。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

和について

日本人は「和」の民族です。
和ってのは、「みんな仲良く」ってのがスローガンなんですね。
だったら難民とでも上手く行く、ような気がしますが、これが違います。
和には条件がある
和にはある条件があります。
それは「同じ」であること。
価値観が似ている、もしくは同じという条件があり、これが非常に厳しいのです。

和は「温和」な感じがしますが、これが間違っていて、「和の外」に対しては非常に冷たく、「和」を乱したり壊そうとするものには、徹底的に対抗し、攻撃します。

日本にやって来ている外国人の日本人評でよく聞くのが
「日本人は親切だが、排他的だ」
というもの。
日本人は、よそ者には非常に冷たいのですね。
これが「和」の条件から外れた人たち(外国人)の印象なんです。
スポンサードリンク

難民受け入れは、ただ混乱するだけ

だから難民を受け入れれば、必ず揉めます。
日本の風習やルールを理解できない人がやって来て、そのルールを壊せば、そりゃ治安は悪くなります。また難民に対する印象も悪化します。そして、元々の住民との間に衝突が生まれます。まぁ衝突は「和のロジック」に関わらず起きます。これらは、すでにドイツなどで証明されています。そして治安が悪くなり、衝突するということは、被害者が出るということです。

合理的に考えれば、難民の受け入れは損です。
しかし、どうして難民を受け入れるべきだ!
という意見が出てくるのでしょうか?

正義と罪悪感

欧米の場合は、人間というのは神の子です。それぞれが、神から与えられた権利を持っています。人権というやつですね。人権は皆、平等に持っていて、誰しもが「最低限の人間的な生活」を法律によって保証するべきだという考えがあります。だから難民を見捨てるってのはダメみたいな雰囲気があるのですね。そういう建前が、幅を利かせるわけです。

日本の場合は、キリスト教じゃないので、人間は神が作ったものという感覚はなく、本来の「人権」という重みが無いのですが、それでも「人権」という概念は理解しています。
日本では、そこにもう一個、日本伝統の「穢れ」という考えが乗っかります。
罪の穢れ=罪悪感
穢れには、病気の穢れ・死の穢れ、と、もう一つ「罪の穢れ」というのがあります。罪の穢れとは、言っちゃえば「罪悪感」です。日本人というのは、道に外れたことをするってのは「罪悪感」を非常に強く持つわけです。だから「人権が大事」「誰もが最低限の人間的な生活をする権利がある」「難民はかわいそう」「難民は助けてあげるべき」という「道徳」を考えると、難民の受け入れ拒否というのは「罪悪感」がチクチクと痛むわけですね。

無関係な立場な人の綺麗な言葉

まぁ、そういう「綺麗」なことってのも大事なんですよ。
そこまで否定することは難しい。
ただ、この手の綺麗な考えが問題だなぁ、と私が思うのは、
「この手の綺麗なことを言う人は、難民が住む地域の近くに住んでない。そういう立場じゃない」
ということです。
ようは、この手の綺麗な意見を言う人は、難民受け入れによる「損失(治安の悪化・衝突)」を被らないのですよね。難民受け入れした自治体は財務が悪化し、税金が上がるでしょう。難民と住民の間で衝突があるでしょう。
結局、ひどい目に会うのは、普通の人。立場の弱い人で、こういう綺麗なことを言う人じゃないんです。

方法と結果について話し合うべき

それに「罪悪感」にしても、「権利」にしても、そうなのですが、結局それは「動機」であって、「方法」じゃないんですよ。
「難民を助けるべき」というのは大事じゃないんですね。大事なのは、「どうやって」と「最後はどうなるか?」なんです。難民受け入れは一時的なものか。いずれは帰っていくのか。それとも、ずっと日本にとどまるのか。留まっている間の金はどうするのか。権利はどの程度、認めるのか。国籍はどうなるのか。ここが大事です。
これ、当たり前ですよね。ところが、日本では、この「どうやって」「どうなるか」が全然、話に上がらない。というか、想像もつかない。これには「最悪の状況を想定できない言霊信仰」があります。言葉が現実化するから、最悪の事態をそもそも「想像できない民族・文化」なんです。そうして、ただただ綺麗な動機だけが挙げられる。これじゃ無理です。
難民受け入れなんて、するべきじゃなし、出来っこない。
綺麗なことを言う人は行動で示そう
そこで、私の提案です。
「難民受け入れをするべきだ」
と思っているのならば、シリア難民の子供を「養子」するべきです。少なくともそれで、何人かの幼い命が救えますし、まず、損失を他人に押し付けるのではなく、自分から積極的に被るんだという姿勢を示せます。そういう、意見を行動で示す人たちが増えれば、周囲の人も考えが変わっていくでしょう。でも、何にもしないで、ただ綺麗なことを言っているならば、ただのアリバイ作りです。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

SNSボタン

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

ページ一覧

編集