天武天皇(九十九)跪礼と匍匐礼を止めて立礼に・大宮に鸖が翔ける

MENU
TOP>天武天皇(日本書紀29)>天武天皇(九十九)跪礼と匍匐礼を止めて立礼に・大宮に鸖が翔ける
スポンサードリンク

天武天皇(九十九)跪礼と匍匐礼を止めて立礼に・大宮に鸖が翔ける

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

原文

九月辛卯朔壬辰、勅「自今以後、跪禮・匍匐禮、並止之。更用難波朝庭之立禮。」庚子日中、數百鸖、當大宮以高翔於空、四剋而皆散。冬十月辛酉朔戊辰、大餔。

現代語訳

(即位11年)9月2日。勅(ミコトノリ)して言いました。
「今から以後、跪礼(ヒザマツクイヤ)・匍匐礼(ハフイヤ)を止めなさい。難波朝廷(=孝徳天皇の朝廷のこと)の立礼を用いなさい」
9月10日。日中に数百の鸖(オオトリ=鶴)が大宮に、高く空に飛んでました。四剋(トキノオハリ=2時間ほど)で皆、散っていきました。

冬10月8日。大餔(サケノミ=大きな食事会=餔は夕食のこと)を催しました。
スポンサードリンク

解説

跪礼
魏志倭人伝にも、「両手を地につけて、跪いて」と書いてあり、日本古来の礼だと思われます。
立礼
おそらく、跪いて礼したり、匍匐して礼するのは、格好が悪いと思うに至ったのでしょう。そこで立って礼するようにしなさいと。それが「難波朝廷」…つまり孝徳天皇の時代の礼の方法に切り替えなさいよと。

孝徳天皇はそれまでとはちょっと礼が違っていたということになります。孝徳天皇と天智天皇は儒教を勉強していました。「立ち礼」ってのは儒教式だったのかもしれません。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

SNSボタン

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

ページ一覧

管理人リンク

編集