御諸別王の東国運営

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景行天皇(四十九)御諸別王の東国運営

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原文

五十六年秋八月、詔御諸別王曰「汝父彦狹嶋王、不得向任所而早薨。故、汝專領東国。」是以、御諸別王、承天皇命且欲成父業、則行治之、早得善政。時、蝦夷騷動。卽舉兵而擊焉、時蝦夷首帥足振邊・大羽振邊・遠津闇男邊等、叩頭而來之、頓首受罪、盡獻其地。因以、免降者而誅不服、是以東久之無事焉。由是、其子孫、於今有東国。

現代語訳

即位56年秋8月。
御諸別王(ミモロワケノミコ)に詔しました。
「お前の父の彦狹嶋王(ヒコサシマノミコ)は任地に到着することもできずに早くに亡くなった。そこで、お前が専(タウメ)東国(アズマノクニ)を領(オサ)めろ」
それで御諸別王(ミモロワケノミコ)は天皇の命を受けて、父の業(ツイデ)を成そうとしました。すぐに(東国に)行って治めて、速やかに良い政(マツリゴト)を行いました。あるとき、蝦夷が騒ぎました。すぐに兵を挙げて撃ちました。そのときに蝦夷の首帥(ヒトゴノカミ=首領)の足振邊(アシフリベ)・大羽振邊(オオハフリベ)・遠津闇男邊(トオツクラオベ)などが、やって来て、頭を(地に)叩きつけました。頭を下げて、罪を受け入れ、すべての土地を献上しました。それで(御諸別王は)従う人を許し、服従しないものを誅殺しました。これ以降、東の方は久しく事(コト=事件=反逆など)は無くなりました。それでこの(御諸別王の)子孫は東国にいます。
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