雄略天皇(一)出生と眉輪王による穴穂天皇の暗殺

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雄略天皇(一)出生と眉輪王による穴穂天皇の暗殺

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原文

大泊瀬幼武天皇、雄朝嬬稚子宿禰天皇第五子也。天皇、産而神光滿殿、長而伉健過人。

三年八月、穴穗天皇、意將沐浴、幸于山宮、遂登樓兮遊目、因命酒兮肆宴。爾乃情盤樂極、間以言談、顧謂皇后(去來穗別天皇女曰中蒂姫皇女、更名長田大娘皇女也。大鷦鷯天皇子大草香皇子、娶長田皇女、生眉輪王也。於後、穴穗天皇、用根臣讒、殺大草香皇子而立中蒂姫皇女爲皇后。語在穴穗天皇紀也)
曰「吾妹稱妻爲(妹、蓋古之俗乎)、汝雖親眤、朕畏眉輪王。」眉輪王、幼年遊戲樓下、悉聞所談。既而穴穗天皇、枕皇后膝、晝醉眠臥、於是眉輪王、伺其熟睡而刺殺之。
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現代語訳

大泊瀬幼武天皇(オオハツセワカタケルノスメラミコト=雄略天皇)は雄朝嬬稚子宿禰天皇(オアサヅマワクゴノスクネノスメラミコト=允恭天皇)の第5子です。雄略天皇が生まれた時、神々しい光が宮殿に満ちました。年を重ねると逞しくなり、人間とは思えないほどでした。

穴穂天皇(アナホノスメラミコト=安康天皇)が即位して3年の8月。穴穂天皇は沐浴(ミユア=水で体を清めること)をしようと山宮(ヤマノミヤ)に行きました。楼(タカドノ=高殿=高い建物)に登って、周囲を眺めて楽しんでいました。酒を持ってくるように命じて、肆宴(トヨノアカリ=収穫の宴会のこと=ここではただの宴会)をしました。そうして楽しんでとても盛り上がって、その間に物語を皇后に語りました。
皇后は去来穗別天皇(イザホワケスメラミコト=履中天皇)の娘で中蒂姫皇女(ナカシヒメノヒメミコ)といいます。別名は長田大娘皇女(ナガタノオオイラツメノヒメミコ)です。大鷦鷯天皇(オオサザキノスメラミコト=仁徳天皇)の息子の大草香皇子(オオクサカノミコ)は長田皇女を娶って眉輪王(マヨワノオオキミ)を生みました。穴穂天皇(=安康天皇)は根臣の嘘を用いて大草香皇子を殺し、中蒂姫皇女を皇后としました。このことは穴穂天皇の記述にあります。

「我が妹……
妻を妹と称するのは古い風習だろうか

お前がどれだけ仲睦まじくしていても、朕(ワレ)は眉輪王(マヨワノオオキミ)を恐れている」
と言いました。
眉輪王は幼い年齢で、そのとき床下で遊んでいて、その話を全て聞いていました。穴穂天皇(=安康天皇)は皇后の膝枕して昼から酒に酔って臥して眠ってしまいました。眉輪王はその熟睡しているのを知って、天皇を刺し殺してしまいました。
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解説

天皇の条件
安康天皇は政敵である大草香皇子を殺し、その妻である中蒂姫皇女を妻としました。ところが、大草香皇子と中蒂姫皇女の子供である眉輪王に、安康天皇が殺されてしまいました。まぁ、連れ子に殺されちゃったんですね。

昼メロ真っ青のドロドロ展開。この後、安康天皇殺害に切れた雄略天皇が、関係者を次々と抹殺していきます。その中には眉輪王も入るのですね。
中蒂姫皇女
天皇の皇后は、皇女でないといけないようで、仁徳天皇の皇后の磐之媛が葛城という皇族ではない家出身というのが特殊なくらいです。ということは皇女と結ばれることが天皇の条件だった。そう考えると仁徳天皇の子で皇女を妻に持つ大草香皇子は天皇候補の筆頭だった。

その大草香皇子を殺して妻を奪った安康天皇の意図はそういうところにあったんじゃないかと思うのですね。
葛城vs非葛城
安康天皇の父は允恭天皇。允恭天皇の母親は葛城の磐之媛。つまり磐之媛の孫にあたる「葛城の血統」です。一方、大草香皇子の父親は仁徳天皇、母親は日向髪長姫で、葛城の血が入っていない。

非葛城は大草香皇殺害と皇女を奪った安康天皇に否定的になった。それが安康天皇殺害の根本ではないかと思います。眉輪王は当然ながら実際の犯人かというと怪しい。ただし、眉輪王が本当に幼かったのならば、の話ですが。
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