天武天皇の偉業

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天武天皇の偉業

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原文

歳大梁に次り、月侠鍾に踵り、清原の大宮にして、昇りて天位に即きたまひき。道は軒后に軼ぎ、徳は周王に跨えたまひき。乾符を握りて六合を摠べ、天統を得て八荒を包ねたまひき。二氣の正しきに乗り、五行の序を齊へ、神理を設けて俗を奬め、英風を敷きて国を弘めたまいき。重加、智海は浩瀚として、潭く上古を探り、心鏡は?煌として、明らかに先代を観たまひき。

現代文訳

というわけで酉の年の二月に大海人皇子は浄御原宮(キヨミハラノミヤ)で天武天皇となりました。その政策は非常にすぐれていて、古代中国の黄帝に勝り、徳は周の文王に勝っていました。三種の神器を受け継いで天下を収めました。非常によい政治がおこなわれたので陰陽二気がうまく採用し五行(木水日土金土)順序良く循環しました。神を崇敬して良俗を奨励したので、統治する範囲は広がました。その知識は深く、その心は鏡のように明るく、先代のこともよく見ていました。
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解説

天武天皇と古事記の企画の中の一文の訳です。
壬申の乱に勝利した大海人皇子…つまり天武天皇は優れた治世を行いました。褒め称えているだけの文章なので、これといったことは無いのです。
陰陽とか五行といった中国の思想を書き記していること、また記紀の成立自体が中国への「私たちはちゃんとした国ですよ、認めてくださいね、その証拠にちゃんとした歴史書があるんですよ」というアピールという経緯を考えると、中国ってすごい国だったんだな、と思います。今はどうか知りませんが。
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