ちはや人宇治の渡に渡り瀬に

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ちはや人宇治の渡に渡り瀬に

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原文

ここにその骨(カバネ)を掛き出しし時、弟王歌ひて曰はく、

ちはや人 宇治の渡に 渡り瀬に 立てる 梓弓(アヅサユミ)檀弓(ミマユミ) い伐らむと 心は思へど い取らむと 心は思へど 本方(モトヘ)は 君を思ひ出 末方(スヱヘ)は 妹を思ひ出 いらなけく そこに思ひ出 かなしけく ここに思ひ出 い伐らずそ来る 梓弓(アヅサユミ)檀弓(ミマユミ)

とうたひたまひき。

現代文訳

そのオオヤマモリ命の遺体を引き上げたときに、弟のウジノワキイラツコが歌いました。

宇治川のほとりに生える梓の木とマユミの木
木を伐採して弓にしてしまおうかと思う
その弓で敵を射抜いてしまおうかと思う
君を思い 妹を思う
心を痛むほど思い出す
心悲しく思い出す
採らずにおこう
梓の弓 マユミの弓
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解説

オオヤマモリは服の下に鎧を着ていた。これは戦争の準備です。ところがそれが仇となった。その重みで宇治川に沈むことになった。

ちはや人…
丸邇氏の伝承歌謡を入れ込んだとされますが、前後とつながりがピンと来ない。戦争の歌なのか、それとも元ネタがあって、それをハメこむために言葉を変えたか。

古事記に載っている歌は、そもそもどこかの地域の民謡で、メロディもあったと思われます。歌詞カードですね。でもメロディが無いから多少替え歌したって、まぁいいだろうと。
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