兄熊と弟熊、水嶋の崖の泉

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景行天皇(十七)兄熊と弟熊、水嶋の崖の泉

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現代語訳

(即位18年)夏4月3日に熊県(クマノアガタ=現在の熊本県球磨郡・人吉市)に到着しました。そこに熊津彦(クマツヒコ)という兄弟が二人いました。天皇はまずは兄熊(エクマ)を呼び寄せました。すぐに使者に従って、(天皇に)詣でました。次に弟熊(オトクマ)を呼び寄せました。しかし来ませんでした。そこで兵を派遣して誅殺しました。

11日。海路(ウミツジ)から葦北(アシキタ=肥後国葦北郡=現在の熊本県葦北郡・水俣市あたり)の小嶋に泊まって、食事をしました。
そのとき、山部阿弭古(ヤマベノアビコ)の祖先の小左(オヒダリ)を呼び寄せて、冷たい水を奉らせました。このとき、嶋の中に水がありませんでした。どうしようもなく、天神地祇を仰いで祈りました。すると寒泉(シミズ)が崖の傍から水が湧き出しました。すぐに汲んで献上しました。それでその島を「水嶋」といいます。その泉は今も、水嶋の崖に残っています。
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解説

これまでのパターンと違う兄熊と弟熊
日本で熊というのは「神」と同源の言葉で、兄熊と弟熊は野蛮な原住民という意味とは限らないです。それはともかくとして。これまでの日本神話はともかく「兄は悪い」「弟は正しい」というロジックでした。それはおそらく日本人の古来からの風習が絡んでいます。一つは「末子相続」。もう一つは「幼さに霊威がある」というもの。
それがここでは「兄が正しい」と逆のロジックになっています。
地名説話
山部阿弭古(ヤマベノアビコ)は山部というのは山を管轄する部署のことで、「アビコ」は「我孫」「吾孫」「吾彦」とも書く原始的な姓。姓は氏族の位。

この山部阿弭古の祖先の小左(オヒダリ)さんが、天皇に冷たい水を差し出そうするけども、島の泉が枯れていて、神に祈ったら湧いて出てくるというお話。それで水が湧いたから「水嶋」なんだよね、という地名説話です。
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原文

夏四月壬戌朔甲子、到熊縣。其處有熊津彦者、兄弟二人。天皇、先使徵兄熊、則從使詣之。因徵弟熊、而不來、故遣兵誅之。壬申、自海路泊於葦北小嶋而進食、時召山部阿弭古之祖小左、令進冷水。適是時、嶋中無水、不知所爲、則仰之祈于天神地祗、忽寒泉從崖傍涌出、乃酌以獻焉。故號其嶋曰水嶋也、其泉猶今在水嶋崖也。
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