孝徳天皇(三十九)品部の廃止

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孝徳天皇(三十九)品部の廃止

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原文

而始王之名々、臣連伴造国造、分其品部、別彼名々。復、以其民品部、交雜使居国縣。遂使父子易姓、兄弟異宗、夫婦更互殊名、一家五分六割。由是、爭競之訟、盈国充朝、終不見治、相亂彌盛。粤以、始於今之御㝢天皇及臣連等、所有品部、宜悉皆罷、爲国家民。其假借王名爲伴造、其襲據祖名爲臣連。

現代語訳

王の名に始まり、臣・連・伴造・国造はその品部(シナジナノトモノオ)に分けて、それぞれに名が別れました。また、その民と品部と交雑して、国県に居らせました。父子で姓が変わり、兄弟で宗家と名前が異なっていたり、夫婦が互いに名前が違っている。一つの家から五つや六つに分かれていきました。それで争い、競う訴えが国に溢れて、朝廷に満ちました。ついに治ることなく、乱れはいよいよ盛りになってきました。そこで今の御㝢(アメノシタシラス=天下を治める)天皇から始まり、臣・連に至るまで、所有する品部は全部、止めてしまい、国家の民としなさい。その王の名を借りて伴造とし、その祖先の名によって臣・連とします。
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解説

臣連たちは、それぞれに職能を持った部民を持っていました。その部民には名前が特別に付けられていて、それがあちこちに住んでいて、結婚したら、新しいを姓を作ってしまった。もしくは臣連たちが、新しい姓を与えた。例えば、臣連が新しい姓名を作った時に、部民を分割するため、とか。それで一個の家から何種類もの姓名が生まれて揉めるわけです。

日本人は和の民族で、グループに属することがとても大事です。グループに依存していると言ってもいいでしょう。日本人は個人vs個人じゃなくて、グループvsグループになります。だからやたら滅多らと増えると揉め事が増える、ってことじゃないかと思います。

ところで儒教国である中国や韓国は非常に名字が少ない。彼らにとっての姓名というのは「血」の名前だからです。だから父親と名前が違うというのはありえない。同じ血統である以上は同じ名前じゃないとおかしいんですね。血の名前だから。でも日本人にとって「家の名前」は「血の名前」ではなくて、あくまで「家の名前」なんです。グループ名でもいいでしょう。兄弟、親子で別のグループ名を持つということは、兄弟・親子で争いが発生する可能性が生まれます。日本人がグループに依存する性質があるからです。

それで子孫がネズミ算式に姓名を増やすのを止めて、先祖の名前で統一するようにした。
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