斉明天皇(五)覩貨邏人が筑紫に漂着

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斉明天皇(五)覩貨邏人が筑紫に漂着

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現代語訳

即位3年秋7月3日。覩貨邏国(トカラノクニ)の男が2人。女が4人。筑紫に漂泊しました。そして言いました。
「私めどもは、はじめ海見嶋(アマミノシマ=鹿児島県奄美大島)に漂泊しました」
すぐに駅(ハイマ=早馬)で呼び寄せました。
7月15日。須弥山(スミノヤマ=仏教で世界の中心の山)の像を飛鳥寺の西に作りました。また盂蘭盆会(ウランボンノオガミ)を設けました。暮れに覩貨邏人(トカラノヒト)と宴会して歓待しました。
ある本によると墮羅人(タラノヒト)と言います。
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解説

トカラ
トカラはタイのドヴァラヴァティのことではないか?とされる異国です。これまでにも記事があり、その時は孝徳天皇即位5年4月でした。孝徳天皇は即位5年12月に崩御しています。それでこのページは斉明天皇即位3年ですから、3年の間を置いての「漂着」となります。この二つの記事は「同じ船に乗っていて、別れ別れになり、一方は孝徳天皇時代に日向に漂着。一方は一旦、奄美大島に漂着してから、筑紫に漂着した」という意味ではないかと言われています。

このトカラ人を、須弥山という仏教的な装飾をした場所で歓待したってのは、いかにも日本人らしい計らいと言えば、そうですね。
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原文

三年秋七月丁亥朔己丑、覩貨邏国男二人女四人漂泊于筑紫、言、臣等初漂泊于海見嶋。乃以驛召。辛丑、作須彌山像於飛鳥寺西、且設盂蘭瓮會、暮饗覩貨邏人或本云、墮羅人。
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