日本のいじめの構造と「和」

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日本のいじめの構造と「和」

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概要

まとめ
●日本人は和の民族。
●和はグループを成している。
●和に属するには条件がある。それが「同じ」であること。
●同じでないものは排外され、攻撃される。
●日本のイジメにはこの「和」の性質が関わっている。
●学校がイジメを否定しても、学校が「和」を学ぶ場所である以上は難しい。
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日本人は和を尊ぶ

日本人は「和」を尊びます。これは聖徳太子が決める以前からの日本人にとって最も大事な価値観です。「和」とは「みんな仲間」「みんなは仲良く」という性質です。特に揉め事を嫌います。和を乱し、集団を混乱させる人物というのは「悪」です。そのため日本人というのは理性的とも言えます。ですが「和」には厄介な性質もあります。
和には条件がある
まず、「和」には条件があるってことです。「和」に参加し、仲間となるには「同質」が条件となります。では、何が「同じ」だと仲間となるのかというと、これはそのグループによります。ただ第一は「価値観」です。だからいくら強くても朝青龍は横綱失格になります。強いだけでは許されません。「価値観」を共有でき無い人は弾かれます。相撲が伝統的な国技であり、単純なスポーツではないという事情もありますが、そういう事情があります。ただ「価値観」さえ共有できれば、見た目(肌の色・髪の色・目の色)は関係ありません。もちろん、見た目の違和感は大きな障害ですが、決して決定的な要素ではありません。文化風習が違っていても「価値観」さえ同じなら問題にならないこともあります。
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和は和の外と戦う

和は温和な性質だけじゃ無い
もう一つの厄介なところは、「和」は「和」の外とは徹底的に戦うという性質があるってことです。日本の漫画を読んで貰えばわかりますが、日本の漫画の英雄はみんな「仲間のために戦う」のです。理念のためでも、神のためでも、場合によっては正義のためですらありません。究極の理由は「仲間のため」。仲間を守るため。仲間とは、親・恋人・兄弟・家族・友達・知人……とどのつまり「和」の内側にいる人間です。「和」を守るためには身を犠牲にすることも厭いません。その究極が特攻隊です。
異物を排外するのがイジメ
日本のいじめってのは「異物」を「和」の外に追い出すということです。追い出された「異物」は徹底的に迫害されます。だから和から外れるのが怖い。だから日本人は和から外れるのが怖いから、みんなと「同じ」であろうとします。日本人にとって「和」を追い出されるってのは、最大の恐怖です。
傍観者もイジメの加害者?
よく、「いじめっ子だけでなく、黙って見ていた人も加害者だ」といいますよね。この指摘は間違っていないのですが、そこで指摘通りに、傍観していた人が勇気を出して、いじめっ子を批判すると、今度は自分が異物と判断されて「和」からはじき出されて、「和」の攻撃の矛先が自分に向くというのも事実で、そのケアをしないで「黙って見ていた人も加害者」とするのは無茶で無責任ってものです。それに「和」から誰がはじき出されるのかというのは、水物というか、誰にもわからない「空気」が為すところがあります。ロシアンルーレットのようなものです。
もう、不安です。

日本人に取って大事なのは空気を読む能力

どうしてこんなロシアンルーレットのようになっちゃうか?
これには「和」の条件の「同質」というのが関わってきます。日本には「上下関係」が無い(もしくは薄い)んですね。力が強いから、頭がいいから、上になる、ということは無いんです。本来はそういう能力が「上」の人が集団をまとめるのですが、ことはそう簡単にいかない。日本の場合は、「優れている人」も「異質」であるから「和」から弾かれる。だから、力が強いこと、頭がいいこと、家柄がいいことという本来はプラスに働くようなことが、「いじめられる原因」になっちゃうんです。もちろん「劣っている」こともいじめられる原因になります。しかし、誰しも個性があって優れているところがあり、劣っているところがあるのが当たり前なのですから、誰もが「和」から弾かれる要因を持っているのです。
日本で求められる能力は「空気を読む」能力です。知能でも腕力でもないです。

当然、学校の先生はこのいじめの構造を壊そうとしますが、なかなか上手くいかない。というのは学校ってのは「和」を培う場所だからです。普段から「和を壊さ無いように」と教育するのが学校です。そりゃ上手くいかない。行くわけが無い。自己矛盾です。

学校とは何か?

学校は何をするところか? 勉強ですか? 勉強だけなら塾でいいでしょう。学校で学ぶのは何か?? 「人間関係」です。人間関係で揉めないテクニックを学ぶ場所です。問題が大きくならないように謝罪したり、衝突を避けたり、衝突の緩衝材になる、そういう人を育てる場です。日本の社会では「優秀さ」よりも、個々の利害を調整する人間こそが「良い」とされるから、そういう人材を育てる場所が学校ってものです。別名、サラリーマン養成所です。

日本のいじめには「和」から追い出すという性質があって、「和」にとっては「正しい行動」です。それを「和」を培う学校が「ダメ」と言っても、そりゃ通らない。そういう文化を理解して上で対策を考えないと、うまくいかないんですよね。
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