白肩津(シラカタノツ)

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シラカタノツ

漢字・読み白肩津
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白肩津(シラカタノツ)

古事記の白肩津(シラカタノツ)。
日本書紀では白肩之津(シラカタノツ)。
まとめ
●古事記にも日本書紀にも登場する地名。
●本来は広い干潟のことではないかと思われる。

物語・由来

大阪府に昔「河内湖」という湖がありました。それが砂が堆積したり、干拓してついには無くなってしまいました。そのあたりが白肩津と言われています。シラカタの「白」はどうやら「広い」の転訛。カタは「潟」で、ただっぴろい干潟のことのよう。

神武天皇一行が、この白肩津を超えて、上陸するとナガスネヒコ(=トミビコ)と戦争になります。白肩津は交通の要衝だったのだと思われます。「津」は港のことですからナガスネヒコとの争いは単純に考えて貿易の利益を神武天皇と争った?のではないかと。
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古事記からの引用

那賀須泥毘古との戦い
その国から出発して東へと向かいました。
浪速の渡(ナミハヤノワタリ)を通って白肩津(シラカタノツ)に船を泊めました。
そのときに、登美(トミ)の那賀須泥毘古(ナガスネヒコ)が兵を集めて待ち受けていて、戦争になりました。

日本書紀からの引用

太歳甲寅11月〜戊午年春3月
三月の10日。流れを遡(サカノボ)って、河内国(カワチノクニ)草香邑(クサカムラ)靑雲(アオクモ)白肩之津(シラカタノツ)に到着しました。
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