太歳神社(三次市)

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太歳神社(三次市)

漢字・読みダサイジンジャ
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概要

住所広島県三次市三次町1112-2
祭神コノハナサクヤヒメ命(木花佐久夜毘売命)、ニニギ命(天津彦々火瓊々杵尊)、オオヤマヅミ(大山祇神)
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物語・由来

太歳神社という名前はおそらく「大年神」「大歳神」から来ている。「大」に「点」が付いたのでしょう。在っても無くても「ダサイ」と読めるので問題ないです。ちなみに太歳神社がある街は「三次の太才町」です。

もともとは「大歳神」…穀物の神だったはずです。おそらく、山そのものを信仰していたのでしょう。大神神社は現在でも山そのものを信仰していますが、太歳神社はどこかで大和朝廷の祭祀政策というか――ようは神社の…宗教の統一による全国統一の方針に折れて、現在のような神社になったのでしょう。

太歳神社には樹齢200年の梨の木があります。由緒によると200年前まであった樹齢1000年の梨の木を挿し木したものとのこと。これを計算すると808年創建に合致する(まぁコレが事実と言い切るつもりはサラサラ無いですが…面白いなと思います)。樹木信仰は清神社(三原市)にも見られる。広島県は山間部の神社は樹木信仰が見られ、海岸線では海運関係の匂いがして神宮皇后ゆかりの神社が多い。
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神社や関連する土地

近くに若宮八幡宮(三次市)があります。

歴史背景

大同3年 808年 12月15日 出雲国神門郡青柳卿(青谷木里)吹上島より勧請。領主三吉家の崇敬篤く、家臣上里越後守光守(アガリエチゴノカミミツモリ)を祝師とする。
永禄年(1558~1570)に三吉豊重が社殿を再建
天正13年 1585年 8月 三吉新兵衛が神像を作り奉る。
三吉家の滅亡後は福島正則となり、尾関石見守正勝が太歳神社を崇敬。
その後は浅野長治が崇敬。
万治元年 1658年に焼失。その後再建。

個人的コラム

神社は比熊山の東にある。808年に創建されたとされていますが、それ以前から比熊山で祭祀があり、「神社」が建ったのが808年ということらしい。もちろん由緒がどこまで事実かは分からないが、事実とするとなかなか歴史がある。

写真が曲がっていて申し訳ないです。

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