弟媛は鯉の遊戯に誘われて

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景行天皇(四)弟媛は鯉の遊戯に誘われて

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原文

四年春二月甲寅朔甲子、天皇幸美濃。左右奏言之「茲国有佳人曰弟媛、容姿端正、八坂入彦皇子之女也。」天皇、欲得爲妃、幸弟媛之家。弟媛、聞乘輿車駕、則隱竹林。於是天皇、權令弟媛至而居于泳宮之(泳宮、此云區玖利能彌揶)、鯉魚浮池、朝夕臨視而戲遊。時弟媛、欲見其鯉魚遊而密來臨池、天皇則留而通之。爰弟媛以爲、夫婦之道古今達則也、然於吾而不便、則請天皇曰「妾、性不欲交接之道、今不勝皇命之威、暫納帷幕之中、然意所不快、亦形姿穢陋、久之不堪陪於掖庭。唯有妾姉、名曰八坂入媛、容姿麗美、志亦貞潔。宜納後宮。」
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現代語訳

即位4年春2月11日。
天皇は美濃に行きました。
左右(モトコ=側近)が言いました。
「この国に佳人(カオヨキオミナ=美人)が居ます。弟媛(オトヒメ)といいます。容姿(カオ)は端正(キラギラ)しいです。八坂入彦皇子(ヤサカノイリビコノミコ=崇神天皇の息子)の娘です」
天皇は(弟媛を)得て妃にしたいと思って、弟媛の家へと行きました。
弟媛は乘輿車駕(スメラミコトミユキ=天皇の移動のこと)したと聞いて、すぐに竹林に隠れました。天皇は弟媛が出てくるようにと、泳宮(ククリノミヤ)に滞在することにしました。
泳宮は區玖利能彌揶(ククリノミヤ)と読みます。

鯉魚(コイ)を池に浮(ハナ)って、朝夕に臨視(ミソナオ=見る)して遊びました。そのときに弟媛は鯉の遊びを見たいと思って、密かに来て、池を見ました。天皇はすぐに弟媛を引き止めて交わりました。
弟媛は思いました。
…夫婦の道は古も今も交わるもの。しかし、わたしにはそれ(=交わり)が出来ない…
そこで弟媛は天皇に言いました。
「わたしは性交接(ヒトトナリトツギ)の道を望んでいません。しかし天皇の意向に勝てず、しばらく帷幕の中(オオトノノウチ=天皇の寝床)に入りましたが、しかし心の快(ヨロコ)びのないことでした。わたしは形姿穢陋(カオカタナシ=不細工)です。長く掖庭(ウチツミヤ=天皇の後宮があるところ)に仕えるのは耐えられません。ただ、わたしには姉がいます。名を八坂入媛(ヤサカイリビメ)といいます。容姿麗美(カオヨシ=美人)です。志(ココロザシ=性格)は貞潔(イサギヨシ=やさしい)です。後宮に入れてください」
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解説

弟媛は崇神天皇の子の八坂入彦皇子の娘。景行天皇崇神天皇の孫ということは、どちらも崇神天皇の孫です。孫同士が結ばれるというわけです。

鯉で遊んでおびき出して、結ばれるのですが弟媛に「いやちょっと生理的に無理!」と拒絶され、姉を勧められます。それで姉を娶って子供をドッサリと生むのは次のページです。
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