即位10年、使役して宮室の修理

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仁徳天皇(十四)即位10年、使役して宮室の修理

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原文

十年冬十月、甫科課役、以構造宮室。於是、百姓之不領而扶老携幼、運材負簣、不問日夜、竭力競作。是以、未經幾時而宮室悉成。故、於今稱聖帝也。

現代語訳

即位10年冬10月。
はじめて課役(エツキ)を科して、宮室(オオミヤ)を作りました。百姓(オオミタカラ)は自ら進んで、老いた人を助け、幼い子を抱え、材木を運び、簣(コ=盛り土を運ぶためのカゴ)を負いました。日夜を問わず、力を尽くして競って作りました。すると大した時間もかからずに宮室(オオミヤ)は完全な形に成りました。だから仁徳天皇は現在でも聖帝(ヒジリノミカド)と称されるのです。
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解説

頑張るなぁ仁徳天皇
古事記では「三年の課役を免除」して、三年後には豊かになった。とあります。日本書紀では「三年の課役を免除」したのが「即位4年2月」で皇后が「勘弁して」と言ったのが「即位7年4月」。この時点ですでに3年経過しています。それからボロボロになった宮を改修するために人民を使役したのが「即位10年10月」ですから、「三年の課役を免除」と言ってから実際に使役するまでは6年8ヶ月も経過しているのですね。

ちょっと変じゃ無いかなと思うのです。三年という数字には何か意味があるのか? それとも二倍歴の結果か。
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