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継体天皇(十七)春日皇女の返歌
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妃和唱曰、
莒母唎矩能 簸覩細能哿波庾 那峨例倶屢 駄開能 以矩美娜開余嚢開 謨等陛嗚麼 莒等儞都倶唎 須衞陛嗚麼 府曳儞都倶唎 府企儺須 美母慮我紆陪儞 能朋梨陀致 倭我彌細麼 都奴娑播符 以簸例能伊聞能 美那矢駄府 紆嗚謨 紆陪儞堤々那皚矩 野須美矢々 倭我於朋枳美能 於魔細屢 娑佐羅能美於寐能 武須彌陀例 駄例夜矢比等母 紆陪儞泥堤那皚矩
莒母唎矩能 簸覩細能哿波庾 那峨例倶屢 駄開能 以矩美娜開余嚢開 謨等陛嗚麼 莒等儞都倶唎 須衞陛嗚麼 府曳儞都倶唎 府企儺須 美母慮我紆陪儞 能朋梨陀致 倭我彌細麼 都奴娑播符 以簸例能伊聞能 美那矢駄府 紆嗚謨 紆陪儞堤々那皚矩 野須美矢々 倭我於朋枳美能 於魔細屢 娑佐羅能美於寐能 武須彌陀例 駄例夜矢比等母 紆陪儞泥堤那皚矩
現代語訳
妃(=春日皇女)が答えて歌って言いました。
隠国(コモリク)の 泊瀬(ハツセ)の川(カワ)ゆ 流れ来る 竹の い組竹(クミダケ)節竹(ヨダケ) 本辺(モトヘ)をば 琴に作り 末辺(スエヘ)をば 笛に作り 吹き鳴なす 御諸(ミモロ)が上に 登り立ち 我(ワ)が見せば つのさはふ 磐余池(イワレノイケ)の 水下(ミナシ)ふ 魚(ウオ)も 上に出て嘆く やすみしし 我が大君の 帯(オ)ばせる 細紋(ササラ)の御帯(ミオビ)の 結び垂れ 誰やし人も 上に出て嘆く
隠国(コモリク)の 泊瀬(ハツセ)の川(カワ)ゆ 流れ来る 竹の い組竹(クミダケ)節竹(ヨダケ) 本辺(モトヘ)をば 琴に作り 末辺(スエヘ)をば 笛に作り 吹き鳴なす 御諸(ミモロ)が上に 登り立ち 我(ワ)が見せば つのさはふ 磐余池(イワレノイケ)の 水下(ミナシ)ふ 魚(ウオ)も 上に出て嘆く やすみしし 我が大君の 帯(オ)ばせる 細紋(ササラ)の御帯(ミオビ)の 結び垂れ 誰やし人も 上に出て嘆く
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解説
この歌の意味
前のページの歌に対する返歌として描かれているので、流れで読むと、「一晩を共にした勾大兄皇子との別れを惜しんだ歌」ということになるのですが、この歌は「大王の葬送の歌」ではないかとも言われています。
前のページの歌に対する返歌として描かれているので、流れで読むと、「一晩を共にした勾大兄皇子との別れを惜しんだ歌」ということになるのですが、この歌は「大王の葬送の歌」ではないかとも言われています。
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継体天皇(日本書紀)の表紙へ
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- Page16 継体天皇(十六)勾大兄皇子の春日皇女への求婚歌
- Page17 継体天皇(十七)春日皇女の返歌
- Page18 継体天皇(十八)百済の姐彌文貴将軍・斯羅の汶得至・安羅の辛已奚と賁巴委佐・伴跛の既殿奚と竹汶至
- Page19 継体天皇(十九)勾大兄皇子は春宮につき、朕を助けて欲しい
- Page20 継体天皇(二十)春日皇女の嘆き・嗣の無い悔恨
- Page21 継体天皇(二十一)伴跛国の戦争準備と新羅侵略
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