高光る 日の御子に 豊御酒 奉らせ 事の 語り言も こをば

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高光る 日の御子に 豊御酒 奉らせ 事の 語り言も こをば

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書き下し文

爾くして大后、歌いき。其の歌に曰く、
夜麻登能 許能多氣知爾 古陀加流 伊知能都加佐 爾比那閇夜爾 淤斐陀弖流 波毘呂 由都麻都婆岐 曾賀波能 比呂理伊麻志 曾能波那能 弖理伊麻須 多加比加流 比能美古爾 登余美岐 多弖麻都良勢 許登能 加多理碁登母 許袁婆
即ち、天皇、歌いて曰く、
毛毛志記能 淤富美夜比登波 宇豆良登理 比禮登理加氣弖 麻那婆志良 袁由岐阿閇 爾波須受米 宇受須麻理韋弖 祁布母加母 佐加美豆久良斯 多加比加流 比能美夜比登 許登能 加多理碁登母 許袁婆
此の三つの歌は天語歌なり。 故、此の豊樂に其の三重の婇を譽めて多の祿を給いき。
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現代語訳

大后が歌いました。
倭の 高市(タケチ)に 小高(コダカ)る 市の高処(ツカサ=塚さ) 新嘗屋(ニイナエヤ)に 生ひ立てる 葉広(ハビロ) 斎(ユ)つ真椿(マツバキ) 其が葉の 広りいまし 其の花の 照りいます 高光る 日の御子に 豊御酒(トヨミキ) 奉(タテマツ)らせ 事の 語り言も こをば
歌の訳
大和の小高いところの市の丘で新嘗祭(=収穫祭)の会場となる御殿の側に生えている葉の広い神聖な椿。その葉が広いように(心が広い)、その花の照り輝いているような、(「高光る」は日にかかる枕詞)日の御子に豊かな御酒を差し上げましょう。このように申し上げます。

百石城(モモシキ=百磯城?=百敷?)の 大宮人(オオミヤヒト)は 鶉鳥(ウズラトリ) 領巾(ヒレ)取り掛けて 鶺鴒(マナバシラ=セキレイ) 尾行き合え 庭雀(ニワスズメ) 群(ウズ)住まり居て 今日もかも 酒水(サカミ)漬(ヅ)くらし 高光る 日の宮人 事の 語り言も こをば
歌の訳(「モモシキの」は大宮に掛かる枕詞)宮殿の人はウズラみたいにヒレを取り付けている(ウズラは首に白い模様がある。それを首に巻くヒレを掛けている)。セキレイのように尾を行き交わしている(セキレイの尾と服の裾を掛けている)。庭の雀のように群れている。そんな彼らも今日は酒に飲まれているなぁ。(「高光る」は日に掛かる枕詞)日の宮の人たちの事を語り申し上げています。

この三つの歌は天語歌(アマガタリウタ)です。この豊楽(トヨノアカリ=新嘗祭の酒宴)でその三重の采女を褒めて多くの報償を与えました。
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解説

鳥が登場する歌
日本では鳥を特別視していたのではないかと思われます。出雲の「アメノワカヒコの葬式」でのカワカリ・サギ・カワセミ・スズメ・キジ。仁徳天皇(本名はオオサザキノミコト・オオサザキは鳥の名前)と女鳥王(メドリノキミ)と速総別王(ハヤブサワケノミコ)の関係。他にも八咫烏の伝承、ヤマトタケルの白鳥伝説もあります。また天鳥船(アメノトリフネ)という神もあります。

ここでは宮廷人を鳥に例えていますから、鳥は特別。いや、鳥というのは神に仕えるもの、という感覚があったのではないか?と思います。
采女の機転
采女は酒杯に榊の葉が落ちたことで、殺され掛けました。ところが、榊の葉がそうしてたくさん茂ってしなだれて、酒杯に落ちるのは、この世界が栄えているから。こうして葉が落ちるのは天皇が優れているから。と歌って、逆に褒美を得ることになりました。

これは日本人に「言霊」の感覚があるからじゃないか?と考えています。高天原スサノオが乱暴を働いたときにアマテラススサノオの悪行を言い換えることで問題を避けようとしました。

これは言葉で言い換えることで、物事の本質が変わるということです。本当は何にも変わっていないのに、そういう言霊の能力の強さを日本人は信じているんです。それで「失敗」を「言い換える」ことで「良い意味」に変えた采女を天皇・皇后は高く評価した。
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