室寿の言葉

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顕宗天皇(四)室寿の言葉

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原文

屯倉首、命居竈傍、左右秉燭。夜深酒酣、次第儛訖、屯倉首語小楯曰「僕見此秉燭者、貴人而賤己、先人而後己、恭敬撙節、退讓以明禮。(撙者、猶趍也、相從也、止也。)可謂君子。」於是、小楯撫絃、命秉燭者曰「起儛。」於是兄弟、相讓久而不起、小楯嘖之曰「何爲太遲、速起儛之。」億計王起儛既了、天皇次起、自整衣帶、爲室壽曰……

現代語訳

屯倉首(ミヤケノオビト)は命じて、竈のそばに居らせ、左右(コナタカナタ=此方彼方=こちらとあちら)に秉燭(ヒトモス=ロウソクを持つこと)させました。夜が更け、酒が酣(タケナワ)になると、舞い終わりました。屯倉首は小楯(オダテ)に語って言いました。
「わたしめは、この秉燭者(ヒトモセルモノ)を見ると、他人と尊び、自分を賤しくして、人を先にして自分を後にている。慎み敬い、節(コト)を撙(オモブク)している。退いて譲って礼を明らかにしている。君子というべきだ」
撙は猶趍(ナオハシル)です。相從(アイシタガウ)である。止(トドマル)である。

小楯は絃(コト=琴)を撫でて鳴らして、秉燭者(ヒトモスモノ)に命じて言いました。
「立って舞え」
それで兄弟はお互いに譲り合って、久しく立ち上がりませんでした。小楯は責めて言いました。
「どうしてそんなにひどく遅いのか。速やかに立って舞え」
億計王(オケノミコ)は立って舞い終わりました。天皇は次に立って自ら衣帯(ミソミオビ)を整えて、室寿(ムロホキ=新居の祝いの言葉)を言いました。
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解説

雄略天皇の追っ手から逃れ、兄弟は縮見屯倉首の元に仕えていました。つまり縮見屯倉首は兄弟を匿っていた後見人です。それが兄弟にロウソクを持たせて、
「非常に態度がいいよね。君子にふさわしい雰囲気があるよねー」
と伊予来目部小楯に言ったと。それで何も知らない小楯がこれから兄弟を「天皇の血」を持った人間であると確信するわけです。

儒教では上下関係が大事で、そこで大事なのが「礼」でした。礼ができるということは立派だし、分別があって良いこと。そういう礼ができた人は徳がある。そして仁がある。だから縮見屯倉首の兄弟の評価の仕方がなんだか仰々しいというか分かりづらいわけです。

この儒教的な人物評価が当時からあったかどうかは怪しいです。これは執筆者が天皇を「儒教的な褒め方」をしたと考えるべきでしょう。

ちなみに「節(コト)を撙(オモブク)」というのはその後の「撙は猶趍(ナオハシル)です。相從(アイシタガウ)である。止(トドマル)である。」という注釈を考えると「分別がある」という意味合いでいいと思います。

知識があって礼節があって徳があって仁がある人は、そのときそのときでうまく対応して結果が出せる、というのが儒教の考える「君主」の理想です。
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