顕宗天皇の妃と子について

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顕宗天皇の妃と子について

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書き下し文

伊弉本別の王の御子、市邊の忍齒別の王の御子、袁祁の石巣別の命、近つ飛鳥の宮に坐しまして天の下治しめすこと捌歳。天皇石木の王の女、難波の王を娶りて、子无し。

現代語訳

伊弉本別王(イザホワケノミコ=履中天皇)の子供の市辺忍歯別王(イチノヘノオシハワケノミコ)の子供の袁祁石巣別命(ヲケノイワスワケノミコト=顕宗天皇)は近つ飛鳥宮(チカツアスカノミヤ)に居て、天下を治めること8年でした。天皇は石木王(イワキノミコ)の娘の難波王(ナニワノミコ)を娶りましたが子はいませんでした。
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解説

石木王
古事記にはここ以外では見られない。日本書紀にある雄略天皇と吉備の稚媛との間に生まれた「磐城皇子(イワキノミコ)」かもしれません。
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