老婆は御骨の場所を知る。三枝のような押歯だった。

MENU
TOP>顕宗天皇・仁賢天皇・武烈天皇(古事記)>老婆は御骨の場所を知る。三枝のような押歯だった。
スポンサードリンク

老婆は御骨の場所を知る。三枝のような押歯だった。

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

書き下し文

此の天皇、其の父の王、市邊の王の御骨を求むる時に、淡海の国に在る賎しき老媼、參い出でて白さく、「王子の御骨を埋みし所は、專ら吾能く知れり。また其の御齒を以ちて知る可し【御齒は三技の如く押齒に坐しき】」爾くして民を起こして土を堀り、其の御骨を求めき。即ち其の御骨を獲て、其の蚊屋野の東の山に御陵を作りて葬りて、韓袋の子等を以ちて其の御陵を守らしめき。然して後に、其の御骨を持ち上りき。

現代語訳

この顕宗天皇が父の王の市辺王(イチノヘノミコ)の御骨(ミカバネ=屍=遺体)を探し求めた時のことです。淡海(オウミ=近江)の国にいた卑しい老婆が参り出て言いました。
「王子(=ここでは市辺王)の御骨(ミカバネ)を埋めたところは、もっぱら私がよく知っております。その御歯(ミハ)で判るのです。
その御歯の三枝(サキクサ=未詳)のような押歯(オシハ=八重歯のこと)でした。

それで民を動員して土を掘り、その御骨を求めました。その御骨を得て、蚊屋野(カヤノ)の東の山に御陵(ミササギ)を作って葬って、韓帒(カラフクロ)の子達にその御陵を守らせました。その後、その御骨を大和へ持って行きました。
スポンサードリンク

解説

市辺王(イチノヘノミコ)は顕宗天皇の父で雄略天皇に殺された人物です。顕宗天皇と仁賢天皇の兄弟はその播磨へと逃げ、雄略天皇の子の清寧天皇のときに、発見され、天皇に即位したという経緯があります。

その市辺忍歯王(イチノヘノオシハノミコ)が殺された「淡海の久多綿の蚊屋野」に「獣がいるよ!」と案内したのが「韓帒(カラフクロ)」です。
処罰
韓帒(カラフクロ)の子孫に墓を守らせたのは、「卑しい仕事をやらせた」という意味です。韓帒(カラフクロ)が余計なことを雄略天皇に言わなければ、父の市辺押歯王は殺されなかった、だから韓帒の子孫に罰を与えた、ということです。
ちなみに「意祁王・袁祁王の逃避行」で二王子から食べ物を奪った老人はもっとひどいめに合わされます。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

SNSボタン

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

ページ一覧

管理人リンク

編集