天武天皇(六十四)難波に甘露・法官と大弁官と階級

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天武天皇(六十四)難波に甘露・法官と大弁官と階級

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原文

冬十月甲申朔、有物如綿、零於難波、長五六尺廣七八寸、則隨風以飄于松林及葦原、時人曰甘露也。己酉、詔曰「凡內外文武官、毎年、史以上其屬官人等公平而恪懃者、議其優劣則定應進階。正月上旬以前、具記送法官。則法官校定、申送大辨官。然、緣公事以出使之日、其非眞病及重服、輕緣小故而辭者、不在進階之例。」

現代語訳

(即位7年)冬10月1日。綿のような物があって、難波に降りました。長さは5、6尺ほどで、広さは7、8寸ほど。風に吹かれて飛ばされて、松原と葦原にひるがえりました。その時代の人は言いました。
「甘露(カンロ)だ」
10月26日。詔(ミコトノリ)して言いました。
「すべての内外(ウチト=内は都の官人・外はそれ以外)の文武官(フミツカサツワモノツカサ)は、毎年、史(フビト)より上と、その属する官人たちの中から、公平な心を持って、勤務態度が真面目な者の優劣を会議して、進むべき階級を定めなさい。正月の上旬までには、詳細に記して、法官(ノリノツカサ)に送りなさい。法官はそれを検校して、定めて、大弁官(オオトモヒノツカサ=のちの式部省=今でいう人事部・総務部)に申し送りなさい。しかし公事(オオヤケゴト)であるので、使者を出す日に、その真の病気(=思い病気)と重服(オヤノウレエ=親の喪に服す事)ではないのに、軽々しい、ちょっとした事を理由にして、(使者を=出張を)断れば、階級を進めてはいけない」
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解説

甘露
甘露というのは、中国の古代の思想で、天地が調和すると、天から降ってくる「甘い液体」のこと、とされます。甘露などというものが実際に降ってくるわけがないのですが、こういう噂が立つということは、「天武天皇の治世は素晴らしいよね」という世間の認識があった、ということでしょう。もしくは、逆に天智天皇の治世がダメだったか。
内外の文武官が、進級を決める
病気か親の喪に服しているわけでもないのに、出張を断るような奴は、出世させるなよ! と通達するなんて、現代と変わりませんね。
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