木幡村に到りましし時

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木幡村に到りましし時

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原文

かれ、木幡村(コハタノムラ)に到りましし時、麗美しき嬢子その道衢に遇ひき。ここに天皇、その嬢子に問ひて曰りたまはく、「汝は誰が子ぞ」とのりたまへば、答へて白さく、「丸邇(ワニ)の比布礼能意富美(ヒフレノオホミ)の女、名は宮主(ミヤヌシ)矢河枝比売(ヤカハエヒメ)なり」とまをしき。

現代文訳

木幡村に応神天皇が到着したときです。
かわいらしい少女と辻で会いました。
応神天皇は少女に問いました。

「あなたは誰の子ですか?」

すると少女は

「丸邇(ワニ)の比布礼能意富美(ヒフレノオホミ)の娘です。名前は宮主(ミヤヌシ)矢河枝比売(ヤカハエヒメ)といいます」
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解説

木幡村
京都府宇治市木幡。ヤカハエヒメの出身である丸邇氏は奈良県天理市櫟本町の氏族ですが、どうやら近江・山城にも住んでいました。本家は奈良ってことなんでしょう。その丸邇氏に勢いがあったのが5世紀から6世紀。

宮主
ヤカハエヒメの名前の前にはなぜか「宮主」がつきます。神官のことですが、大抵の女性は巫女の意味があったわけで、特別彼女にだけこの「宮主」がつくのは変です。
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