日之少宮

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日之少宮

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概要

まとめ
●日之少宮とは夏至の方角。北東。
●風水の文化が入って来て、鬼門と同一となる。
●日之少宮という名前は、日本人が「幼いときがもっとも霊力が強い」という農耕民族らしい考え方から発生している。

物語・由来

日之少宮という言葉が登場するのは日本書紀第六段本文-1 幽宮を淡路島に作ってです。
日之少宮という名前だけから推測すると「太陽が少ない」、つまり冬至の方角のような気がします。

ですが、日之少宮がイザナギが隠居してとどまった場所であり、「死」の匂いのする方角を表し、北東の方角が日之少宮の方角です。ちなみにアマテラスの住む「日の宮」は東です。
北東が死の方角である理由
風水の考えが入ってからは北東は「鬼門」と呼ばれますが、それ以前から日本では北東は死の匂いのする方角でした。理由は夏至の時に北東から太陽が昇るからです。

夏至の時。現在の6月下旬は梅雨の時期です。このころから食中毒が増え、病気が蔓延しやすくなります。日本の夏はムシムシとしていて非常に厳しいのです。その病気よけのために6月には病気よけの祇園祭を行います。夏越の祓いも病気よけです。
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日之少宮の名前について

日本では幼さは魔力のある状態
ゴリゴリの農耕民族である日本人にとって「幼さ」とは「霊力の強い存在」です。

それはなぜか???

日本は水が豊かで気温もそこそこ高く、土地は肥えていますし、農業に適していました。そこでは種子を蒔くとその年の秋には何倍もの収穫になります。

日本人は小さな種子が育って、何倍もの種子になることを非常に不思議に思い、感謝し、かつ畏怖しました。日本のことを「葦原中国」というように「葦(植物のアシ)」という言葉を使うのは植物を生活の根幹に於いていた証です。

その中でも特に「種子」や「苗」が霊力が強いと考えました。種子や苗に秘められた「霊力」が解放されて、生育し収穫に結び付くと考えたからです。
もちろん生育を左右するのは太陽と水を肥料と気温などなどですが、それら条件がそろっても種子や苗が無ければ意味がないわけですから、これを特別視したのは合理的かと

つまり成熟したものよりも、幼さにこそ霊力があると日本人は考えていました。
もしも狩猟民族ならば、幼さなど無意味です。非力であるうちは獲物をとらえることが出来ないからです。獲物を捉えるために必要なものは「力」であり、「知恵」であり、集団で狩りをするならば「統率力」です。どれも熟練が必要で、幼い子供では身に付きません。

一方、日本人は農耕民族ゆえに幼さを特別視しました。

日之少宮という言葉は「太陽が幼い…つまり力強い時の方角」という意味を持っているのでしょう。
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日之少宮の正体

日之少宮は太陽が幼いとき、つまり「もっとも力が充実しているとき」の方角であり、夏至の方角です。夏至の方角は食中毒など病気が起きやすくなる6月の方角です。
つまり日之少宮は「死」と「強い霊力」を持った方角です。これまでの書き方だと「命の充実した幼さ」と「死」は矛盾したもののように感じますが、一切矛盾しません。
霊力とは正でも悪でもない
日本人にとって霊力とは「未知の力」であり、正でも悪でもありません。どちらにでもなり得るものです。原子力が発電したり、爆弾になったりするのと全く同じです。

そこで日本人の神(=霊)に対する接し方はいつも
「まぁまぁ、ご機嫌を損ねないでくださいよ。
これでも食べて機嫌を直してくださいよ」
というもので、崇め奉るというのはご機嫌取りです。暴れまわられると手がつけられないからです。
夏至の時
日之少宮の方角から昇る夏至の太陽は、一年でもっとも昼の時間が長くなる時です。それだけでなく、あまりの霊威によって死者が増え始める時期です。日照時間が増えることと気温が上昇することによって、稲の生育が促進され、その結果、秋にはタワワに実ったお米が収穫できます。

夏至のときから二ヶ月後に気温が最高になるという時間差も「幼さ」と古代の日本人が受け取るには十分ではないでしょうか??
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