中国と韓国が法律・条約を守らない理由…契約主義と和と徳治主義

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中国と韓国が法律・条約を守らない理由…契約主義と和と徳治主義

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概要

まとめ
●絶対的神と契約する「世界観」を持つキリスト・ユダヤ・イスラム教が法治国家の根幹にある。
●和は時間をかけて、その「契約主義・法治国家」と「和」に折り合いをつけてきた。そもそも日本は外国の文化を吸収するのが得意。
●中国と韓国は儒教の国で「徳治主義」。徳が世界を治めるという価値観を持っている。
●「法」よりも「徳」が優先されるために、法を守る意識が低い。
●これらは「宗教観」の違い。

契約主義

徳治主義とは?
中国と韓国は儒教の国です。
儒教は徳治主義です。
徳治主義は「徳」が「国」を動かすという考えです。
徳がある人が国を治めると国は発展するという考えです。
和とは??
これに対して日本の「和」は、「みんなで仲良く」という考え方です。
よって、全会一致が基本的な方針ですが、そうそう全会一致ということがあるわけもなく、結局は揉めるのです。それでも、揉め事は出来るだけ避けようというのが日本の方針です。なんて書くといいことづくめな気もしますが、この「和」の外にいる人についてはトコトン冷たいということもあります。。
世界の基礎は契約主義
さて、上記は中韓と日本の文化についての話です。
文化はともかくとして、現在の世界の標準は「法治国家」です。
法律が国を治めるという考え方です。これはキリスト教・ユダヤ教が神と人間の契約によって成立していることが元ネタです。これを契約主義と、とりあえず呼びましょう。この契約主義が法治国家の基礎となり、現在の世界の根幹になっているわけです。

この契約主義を、徳治主義や日本の「和」はどう折り合いをつけているのか?
それがこのページのテーマです。
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和と契約主義

日本の場合は最初こそは揉めましたが、問題はありませんでした。
言霊信仰の影響で、契約主義にはなかなか馴染めないというのはありました。例えば、日本は言霊信仰から「口約束」にも答えようとします。日本人にとっては「言葉」だけの口約束にも拘束力があります。それに加えて「言葉が現実になる」と思っているので、契約書に「トラブルになった場合の処理」を書かないことがあり、それで揉めることが多かったです。

ところが日本は「和」の国です。
世界が契約主義ならば、それに対応しようとするのが「和」です。
「みんな仲良く」が心情ですから。
それに日本は古来から外国の制度や文化を吸収するということにかけては天才的といっていいほどです。時間は掛かりましたが、それでも前向きに契約主義をシステムに取り込んで行きました。
また、日本人は法律も「みんなが同意した」ならば、皆が守ろうとします。なにせ「和」だからです。「和」から外れる……つまり「法から外れる」ということは、恐ろしいことなのです。まぁ、どういう動機であれ、法を守ろうとする意思はしっかりとあります。トラブルを防ぐためにも法律は守ろうとするものです。
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徳治主義と契約主義

徳治主義は契約主義になじみにくい
それに対して徳治主義は難しい。
というのも徳が国を治めると考えていて、法律は二の次だからです。
参考:法治と徳治
日本のように「和」もありませんし、そもそもキリスト・ユダヤ・イスラムのように神と契約するという感覚が無い、どころか儒教には「神」が存在しません(参考:儒教には神がいない。だから嘘に罪悪感を抱かない。)。

この徳というのが、時と場所と状況によって、簡単に揺れ動く非常に曖昧なもので、過去との齟齬が簡単に起きてしまいます。

例えば、先日、産経新聞のソウル支局長が「国外渡航禁止」となり、名誉毀損で訴えられることになりました。理由はパク大統領のスキャンダルを書いた韓国の新聞の記事を引用した記事を書いたからです。非常にややこしいので、もう少し説明します。

韓国でセウォル号というフェリーが沈没して300人ほど死にました。歴史的大事故です。この事故のときにパク大統領が男と密会していた、という記事が書かれました。まぁ、スキャンダルというか、下世話な記事をまず、韓国の新聞が書きました。その記事を見た日本の産経新聞が、引用して記事を書きました。産経新聞は引用してその記事を紹介しただけです。にも関わらず、元の記事を書いた韓国の新聞は何ら言及がなく、引用記事を書いた産経新聞だけが罪に問われるという意味のわからない状況に。

その本質が「徳治主義」です。
法律は二の次。大事なのは「徳」です。
ただし韓国人にとっての「徳」であって、平等な徳ではありません。
この事例では「韓国vs日本」でしたから、韓国の徳がまかり通りますが、「韓国人vs韓国人」の場合は、権力者の徳がまかり通ります。

過去の判例と齟齬が生じようが、そんなことは関係ありません。法の元の平等という考えはありません。徳……つまり「正しい(徳がある)」ことが優先されます。韓国にとって「韓国の恥を伝えた産経新聞」は「悪」なのです。元記事は韓国の新聞だから良いのです。これは身内主義、というか単なる「人種差別」ですが、それも認めないでしょう。なにせ「正しい(徳がある)」からです。
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徳治主義が法治国家になじみにくい理由

徳治主義は法治国家にはなり得ません。
形状がそうであっても、本質は全く違います。
法律が時と場合によって、施行されたりされなかったりしたら、それは法律はではありません。単なる言い掛かりの道具です。法律はキリスト・ユダヤ・イスラムといった神との契約を結ぶ感覚が生んだものです。彼らにとって神は絶対的存在であり、人間は神によって作られた等しい存在です。だから法律も人間に平等に施行されますし、そうでないと法律が「秩序」を守る機能を失うとよく理解しています。

セウォル号の安全点検が曖昧だったのも、そもそも法律の価値が無いからです。徳治主義では「徳」が世界を左右します。悪いことが起きれば、「徳の無い」「悪い奴」を吊るし上げようとします。その悪い奴さえ痛めつければお終いです。本来は「法律を守らない」奴が悪いのです。ちゃんと点検して、過積載していなかったら、避難訓練をしていれば、そういう法律を全員が守ろうとしていれば、あんなに死ななくて済んだのです。でも、「徳の無い、悪い奴」をとっちめればお終い。法律を守ろうという話にはならない。
なぜか?
徳治主義だからです。


と言う具合に中韓と日本には文化的に非常に大きな違いがあるわけです。
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