天皇に名字が無い理由(仮説)

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天皇に名字が無い理由(仮説)

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概要

まとめ
●教室に先生が一人しか居ないときは、その人を「先生」と呼ぶが、職員室など先生が複数居る場合は、「○○先生」と名字を付けて呼ぶ。
●つまり、天皇に名字があるならば、自ら「天皇」が複数居ると認めることになる。よって名字を持たないのではないか?というのが一つの仮説。
●もう一つは易姓革命避け。
●王朝が変わることを易姓革命を呼ぶ。
●では名字(姓)が無く、王朝の名前が無ければどうなるか?易姓革命は起きないのではないか??
●屁理屈・言葉の遊びではあるが、古代の日本では真面目な科学だったと思われる。これがもう一つの仮説。
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天皇に苗字が無い理由について

天皇には古代から名字がありません。
この理由は今の所はハッキリと分かっていません。
ここでは私が考える「天皇に名字が無い理由」を書いています。
仮説ですので参考程度に。

名字は唯一を否定することになる

不要だから
例えば、教室に先生が一人いるとします。
すると生徒はその先生を「先生」と呼びます。
当たり前ですね。

では教室に先生が二人いるとします。
すると生徒は同じ人物を「山田先生」とか「佐々木先生」とか名字をつけて呼ぶようになります。
何故かと言うと、「先生」が二人いるからです。
ただ単に「先生」と呼んでしまうと、どちらの先生か分かりません。
つまり、先生が複数居るから区別する為にも名字は必要なんですね。

では「天皇」はどうでしょうか?
過去に遡(サカノボ)れば天皇は何人も居ます。
でも、どの時代にも天皇は「一人」です。
だから名字を持つ、名字を付けるということは暗に「他にも天皇が居る」となるのです。天皇という言葉はアマテラスの子孫という意味ではありません。天から「ただ一人」選ばれた特別な存在であり、天下を治めるべき存在という意味です。名字は不要。名字を持つ事はむしろ、自ら「唯一」を否定することになる……からではないか?というのが私の仮説です。
●ひっくり返せば、元々は苗字・名字があった、ということ。
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名字が無いなら王朝が変わることはない

易姓革命避け
日本にはかなり早い段階で儒教が入っています。
応神天皇(四世紀〜五世紀)の記述には儒教の徳治主義的な記述が増えます。また遡って崇神天皇(三世紀)の大物主とオオタタネコの事件(疫病と大物主神 大物主神の祟りは収まる オオタタネコの出自)は儒教の祖霊信仰と関係しているでしょう。

儒教の徳治主義は孟子の「易姓革命」とセットです。
易姓革命というのは、王朝の交代を肯定するものです。
徳治主義は「徳」が権力者にあればうまくいくよ、という考え方です。立派な人が治めるのが良いという考えです。これは逆に言うと「徳の無い権力者はふさわしくない」ということになります。なので徳の無い権力者は、徳のある者によって引き摺り下ろされ、王朝の交代させられても仕方が無い!と、なります。これが革命です。易姓革命の「易姓」は「姓が易(カ)わる」という意味で、血統の変更を意味しています。

では「姓」が無いならどうでしょうか??
天皇には姓名がありません。
これなら易姓革命は起きないのです……
え? 「関係ねぇよ!」と思いましたか??

そうです。
普通なら、名字があろうが無かろうか、天皇の地位が別の王朝に奪われることなんて幾らでも起こりうることです。
そもそも、そんなことは関係ありません。
徳治主義だの易姓革命だのと言っていますが、王朝の変更は大抵は「武力」によってなされるものです。もしくは前の王朝の衰退です。それを思想で理由付けしているだけです。
中国の歴代王朝が名字を持っているから易姓革命という言葉が生まれただけです。どちみち革命は起きるのが普通です。名字が無いだけで革命が防げるなんて、考えが変です。現実的ではありません。この仮説が正しいとするならば日本の言霊信仰が原因でしょう。
言霊信仰と憲法九条
名字を付けるということは王朝が変わる可能性が生まれる……言葉や名前に強い力があるという「言霊信仰」という考えに近いものは現代でもあります。
例えば「日本が軍隊を放棄すれば戦争が無くなる」というものです。よく憲法九条信者や左翼の人が言っていますね。
日本から軍隊が無くなれば、戦争が無くなるどころか、むしろ他国から侵略される可能性は高まります。確かに交戦は無くなるかもしれませんが、「日本」が無くなってしまいます。この理屈は机上の空論であり、「オカルト」と言っていいでしょう。現実には日本が軍隊を失くしても戦争は無くなりません。関係ないからです。因果関係が一切ありません。
世界中から軍隊が一斉にゼロになれば、戦争は無くなるでしょうが、そんなことは尚更有り得ません。

それと同様に苗字を失くしても革命が起きないわけではありません。それとこれとは関係ありません。言葉の遊びです。「言霊信仰」という考えです。何度も言いますが、現実には有り得ません。ただ、古代では言霊信仰は「科学」であり現実だったのです。

というわけで「易姓革命避け」だったのではないか?
というのが私の個人的見解です。
●中国の歴史書の隋書には、倭国の王の姓名が書かれています。それが「アメ」です。アメは当然、「天」です。これが苗字かというと、なんとも言えません。というのも、どこの国の王も「天から統治を任された」と名乗るからです。
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