用明天皇(日本書紀)

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用明天皇(日本書紀)

投稿:2015年09月28日 更新:2015年09月28日

要約

敏達天皇即位14年 敏達天皇崩御。用明天皇が即位。磐余に池辺双槻宮を作る。酢香手姬皇女を伊勢神宮に斎宮として派遣。
即位1年1月 穴穗部間人皇女(=聖徳太子の母)を皇后に。
即位1年5月 穴穂部皇子(=用明天皇の弟)が炊屋姫皇后(=推古天皇=敏達天皇の皇后)を犯そうとして殯宮へ行陸、三輪君逆が宮へ入るのを断ったために、物部守屋の兵を使って逆君を殺害。蘇我馬子は穴穂部皇子を「執行人と一緒にいてはいけない」と止める。
即位2年4月 新嘗を行うが用明天皇は病気になる。天皇は仏教を取り入れることを群臣に提案する。物部守屋は反対するが、穴穂部皇子が豊国法師を連れて入ってくる(つまり仏教指示を表明した)。物部守屋は怒る。天皇の病状は悪化。用明天皇の病気回復のために鞍部多須奈が出家し、坂田寺と狭寺の仏像を造る。用明天皇が崩御。

「用明天皇(日本書紀)」のページ一覧

Page1 用明天皇(一)出自
Page2 用明天皇(二)即位・酢香手姫皇女を伊勢神宮へ仕えさせる
即位・酢香手姫皇女を伊勢神宮へ仕えさせる
Page3 用明天皇(三)皇后と子息子女
Page4 用明天皇(四)穴穂部皇子は殯宮で炊屋姫皇后を襲う
穴穂部皇子は殯宮で炊屋姫皇后を襲う
Page5 用明天皇(五)三輪君逆の逃避行
三輪君逆の逃避行
Page6 用明天皇(六)馬子は穴穂部皇子を諌める・王たる者は刑人に近づけません
馬子は穴穂部皇子を諌める・王たる者は刑人に近づけません
Page7 用明天皇(七)三宝を敬う・穴穂部皇子は豊国法師を率いて
三宝を敬う・穴穂部皇子は豊国法師を率いて
Page8 用明天皇(八)阿都へ退く守屋・槻曲に籠もる馬子
阿都へ退く守屋・槻曲に籠もる馬子
Page9 用明天皇(九)南淵の坂田寺の木の丈六仏像と狭寺の菩薩・崩御
南淵の坂田寺の木の丈六仏像と狭寺の菩薩・崩御