田道間守と非時香菓。天皇の崩御。

MENU
TOP>垂仁天皇(日本書紀)>垂仁天皇(二十七)田道間守と非時香菓。天皇の崩御。

垂仁天皇(二十七)田道間守と非時香菓。天皇の崩御。

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

現代語訳

即位90年春2月1日。
天皇は田道間守(タジマノモリ)を常世国(トコヨノクニ)へ派遣しました。非時香菓(トキジクノカクノミ)を探させました。
香菓は箇倶能未(カクノミ)と読みます。

現在の橘(タチバナ=柑橘系の木)というのはコレです。

即位99年秋7月1日。
天皇は纒向宮(マキムクノミヤ)で亡くなりました。そのとき140歳でした。冬12月10日に菅原伏見陵(スガワラノフシミノミササギ)に葬りました。
古事記の対応箇所
ときじくのかくの木の実
多遅摩毛理は悲しみのあまり
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

解説

武蔵国には橘樹部がある。何か関係があるのかも。
ちなみに但馬は兵庫県の北部で、武蔵国は現在の東京・埼玉・神奈川にあたります。つまり、場所がぜんぜん違う。ただし、武蔵国には「三宅」「橘樹」という地名があり、三宅連と橘守は天日槍の子孫という記述が姓氏録にある。
カクノミ
カクノミは「嗅ぐ」「実」だと思われます。香りを楽しむ「実」を指していたのでしょう。ちなみにこの「カクノミ」が実際に現在の柑橘系の植物なのかはイマイチ分からない、とされます。

カクノミは田道間守が垂仁天皇に頼まれて常世の国から持ってきたとされます。常世の国ってのは「海の向こうの国」です。一番の近場は「朝鮮半島」ですが、どう考えてもここに「柑橘系」は無い。済州島に柑橘系植物のコウライタチバナはありますが、現在、そのコウライタチバナは日本では山口の萩市にしか存在せず、伝承から考えるとおかしい。また、日本に自生する「ヤマトタチバナ」は日本以外には無い。そういう理由から「タチバナって書いてるけど、現在の柑橘とは違うんじゃない?」という見解が生まれるわけです。

そもそも「但馬から見て海の向こうは朝鮮」というのも極端な話です。但馬から見れば、九州だって「海の向こう」ですし、沖縄、台湾だってそうでしょう。この「常世の国は朝鮮じゃないの?」という考えが皇国史観の反動なんじゃないかと思います。

また、その田道間守が天日槍、つまり、朝鮮新羅の王子の子孫ですから、ここでの「常世国」は朝鮮を指している!ということになりがちです。しかし、垂仁天皇の時代までには「任那」「新羅」と朝鮮の国がしっかりと登場しているわけで、今更、朝鮮を「常世の国」という神の領域に設定する意味が分からない。

ちなみに、タチバナという名前自体が「田道間」の「花」から来ているという説もあります。といっても古事記・日本書紀だったら、そのくらいの由来は書きそうなもので、「タジマの花」で「タチバナ」という説は推測の域を出そうにない。つまり結論は「よく分かんない」ってことです。

ここでの「常世の国」が実際の土地を指しているならば、沖縄や台湾じゃないかと個人的には思います。
スポンサードリンク

原文

九十年春二月庚子朔、天皇命田道間守、遣常世国、令求非時香菓。(香菓、此云箇倶能未。)今謂橘是也。

九十九年秋七月戊午朔、天皇崩於纏向宮、時年百卌歲。冬十二月癸卯朔壬子、葬於菅原伏見陵。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

SNSボタン

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

ページ一覧

編集