ときじくのかくの木の実

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ときじくのかくの木の実

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原文

また天皇 三宅連(ミヤケノムラジ)等の祖、名は多遅多摩毛理(タヂマモリ)を以ちて常世国に遣はして、ときじくのかくの木の実を求めしめたまひき。かれ、多遅摩毛理(タヂマモリ)、遂にその国に到りて、その木の実を採り、縵八縵・矛八矛を以ちて将ち来たりし間に、天皇すでに崩りましき。

現代文訳

垂仁天皇は三宅連の祖先の多遅多摩毛理(タヂマモリ)を常世の国へと派遣して、良い香りの実…橘(タチバナ)を探させました。

タジマモリはついに常世の国へとたどり着き、木の実を取り、持ち帰ったのですが、垂仁天皇はすでに亡くなっていました。
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解説

タジマモリ応神天皇の段には天日矛(アメノヒボコ)の5世孫がタジマモリという記述があります。アメノヒボコ新羅の王子で日本の女神を娶るのですが愛想をつかされて実家に帰られ、追いかけて日本にやってきました。
古事記では応神天皇の段にありますが日本書紀には垂仁天皇の段にあります。
タチバナについて
「ときじくのかくの木の実」はタチバナとされます。何故かと言うと、この続きで「これが現在の橘」です、と書いてあるから、なのですが、名前というのは移ろいやすいもの。古事記編纂当時の「橘」とわれわれが言うところの柑橘類の橘が同じものとは限りません。
常緑と香りと
橘は常緑樹です。古今東西、常緑樹は永遠を意味し、強い生命力を表しています。しかし、日本には常緑樹が少なくなく、よその国へと派遣するほどとは思えない。大事なのは「香り」だったのでしょう。
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