天下を治める君主が立つのは百姓のためだ。だから君主とは百姓を根本とするのだ。

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仁徳天皇(十二)天下を治める君主が立つのは百姓のためだ。だから君主とは百姓を根本とするのだ。

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現代語訳

即位7年。4月1日。
天皇は高台の上に居て、遠くを望みました。すると煙がたくさん立っていました。この日、皇后に言いました。
「朕(ワレ)、既に豊かになった。憂いは無い」
皇后は答えて言いました。
「どうして豊かになったと言うのですか?」
天皇は言いました。
「煙が国に満ちている。百姓は自然と豊かになる」
皇后はまた言いました。
「宮垣(ミカキ)は崩れて、直せない。殿屋(オオトノ)は破れて衣服は露に濡れています。何を豊かだというのですか」
天皇は言いました。
「天下を治める君主(=ここでは天皇)が立つのは百姓のためだ。だから君主とは百姓を根本とするのだ。だから古の聖王は一人でも飢え凍えるときは、自らを省みて責めるものっだ。いま、百姓が貧しいのは朕(ワ)が貧しいってことだ。百姓が豊かってことは朕が豊かってことだ。百姓が豊かで君主が貧しいということは、いまだに無いことだ」
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解説

台に登る天皇
天皇は高いところに登って国を見るもので、それを「国見」と言います。これは天皇が穀物神を見に宿す「依り代」であり、それはつまり「神そのもの」でもあるということです。本来はあくまで「依り代」なんでしょうけど。時代とともに「神」になったと。

そのうち中国から「儒教」がやってきた。その徳治主義の考えを吸収した。立派な徳のある政治を行うことが正しい。だから三年ほど税を免除した。質素倹約を心がけた。それで国が豊かになった。史実かどうかはともかく、それが仁徳天皇の時代の「正しい」ってことだったわけです。

このページの文章には日本の古来からの天皇の役割と当時、かぶれていた儒教の思想が混ざり合っているのが見えます。
個人的には
皇后は「自分の暮らしがみすぼらしくなってる、何が豊かなんだよ!」という主張のような気がしますが、これは日本古来の「神の使い」である天皇がみすぼらしい生活をすることが「神に対して不敬」という感覚の代弁じゃないかとも想います。
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原文

七年夏四月辛未朔、天皇、居臺上而遠望之、烟氣多起。是日、語皇后曰「朕既富矣、更無愁焉。」皇后對諮「何謂富矣。」天皇曰「烟氣滿国、百姓自富歟。」皇后且言「宮垣壤而不得脩、殿屋破之衣被露、何謂富乎。」天皇曰「其天之立君是爲百姓、然則君以百姓爲本。是以、古聖王者、一人飢寒、顧之責身。今百姓貧之則朕貧也、百姓富之則朕富也。未之有百姓富之君貧矣。」
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