皇極天皇(六)雨の祈祷・達率長福に小徳を・船舶を与える

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皇極天皇(六)雨の祈祷・達率長福に小徳を・船舶を与える

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現代語訳

(即位1年)8月1日。天皇は南淵(ミナブチ)の河上に行って、跪いて四方を拝みました。店を仰いで祈り請い願いました。すぐに雷が鳴って、大雨(ヒサメ)が売りました。ついに雨が降ること5日。あまねく天下を潤しました。
ある本によると5日連続で雨が降って、九穀が成り熟したと言います。

ここに天下の百姓たちはともに喜び言いました。
「徳のある天皇だ!」

6日。百済の使者の参官(サンカン=人名か官名かは不明)たちが帰りました。それで大舶(オオツム)と同船(モロキフネ=諸木船=木を組み合わせて作った船のこと)を3艘与えました。
同船は母慮紀舟と言います。

この日の夜中に雷が西南の角で鳴って、風が吹き雨が降りました。参官たちが乗る船舶は岸に触れて壊れてしまいました。
13日。小徳(ショウトク=冠位十二階の2番目)を百済の人質の達率長福(ダチソチチョウフク)に授けました。中客(ナカツマラウト=外国の使者の位?)より下の人間には位を1級、授けました。品物を与えました。それぞれに品がありました。
15日。船を百済の参官たちに与えて、出発させました。
16日。高麗の使者が帰りました。26日。百済・新羅の使者が帰りました。
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解説

やっぱり天皇だな
長い間の日照りがあり、どうやっても雨は降りませんでした。中国の祭祀をやっても、仏に頼ってもダメ、結局、皇極天皇が天に祈ることで雨が降った。天皇は徳がある、と百姓たちが結論付けてもこれはしょうがない。
百済の人質に「小徳」を与える
日本の冠位十二階は「能力」に応じて与えるというのがルールです。おそらくこの百済の達率長福には何か能力というか知識か技術があって、それを評価したのでしょう。ただ達率長福なる人物はこれ以前も以降も日本書紀に登場せず、何を評価したのかは分かりません。
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原文

八月甲申朔、天皇幸南淵河上、跪拜四方、仰天而祈。卽雷大雨。遂雨五日、溥潤天下。或本云、五日連雨、九穀登熟。於是、天下百姓、倶稱萬歲曰、至德天皇。己丑、百濟使參官等罷歸。仍賜大舶與同船三艘。(同船、母慮紀舟)。是日夜半、雷鳴於西南角、而風雨。參官等所乘船舶、觸岸而破。丙申、以小德授百濟質達率長福。中客以下、授位一級。賜物各有差。戊戌、以船賜百濟參官等發遣。己亥、高麗使人罷歸。己酉、百濟・新羅使人罷歸。
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