皇極天皇(二十八)韓人が鞍作臣を殺した!

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皇極天皇(二十八)韓人が鞍作臣を殺した!

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現代語訳

(即位4年6月12日)この日に雨が降って、潦水(イサラミズ=出てきた水)が庭に溢れていました。席の障子(シトミ)で鞍作(クラツクリ=蘇我入鹿)の屍(カバネ)を覆い隠しました。古人大兄(フルヒトオオエ)はそれを見て、自分の宮に走って入り、人に言いました。
「韓人(カラヒト)が鞍作臣(クラツクリノオミ)を殺した!
韓政(カラヒトノマツリゴト)によって罪を問われることを言った。

我が心は痛い!」
すぐに臥内(ネヤノウチ=寝室)に入って、門を塞いで出ませんでした。中大兄(ナカノオオエ)はすぐに法興寺(ホウコウジ)に入って、城として準備しました。全ての諸々の皇子・諸々の王・諸々の卿大夫(マヘツキミタチ=臣下たち)・臣・連・伴造・国造はことごとく皆、随従しました。人を使って、鞍作臣(=蘇我入鹿)の屍(カバネ)を大臣蝦夷(オオオミエミシ=蘇我蝦夷)に与えました。漢直(アヤノアタイ)たちは、眷属(ヤカラ=一族)を全て集めて、甲(ヨロイ)を着て、兵(ツワモノ=兵器)を持って、大臣(=蘇我蝦夷)を助けて、軍陣(イクサ=兵隊)を設置しようとしました。中大兄は将軍の巨勢徳陀臣(コセノトコダノオミ)を使者にして、天地開闢より、君と臣は初めから有ることを、賊の党に説かせて、赴く進むべき道を知らせました。高向臣国押(タカムクノオミクニオシ)は漢直(アヤノアタイ)たちに語って言いました。
「我等は、君主である大郎(タイロウ=蘇我入鹿)のせいで、殺されてしまうだろう。大臣(=蘇我蝦夷)も今日か明日にでも、待っていれば、間違いなく誅殺されるだろう。それならば、誰のために虚しく戦って、ことごとく全員が罪に問われて刑に処されるのか」
と言い終わって、剣を抜いて、弓を折って、これを捨てて去りました。賊の仲間は従って、散って走って逃げました。
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解説

韓人が殺した!
韓人とは誰のことか? これを「中大兄皇子」として、中大兄皇子は朝鮮人とする人もいますが、それはちょっと。
この暗殺は、「三韓の表文」を読んだ席での暗殺とされます。ということは、この席には百済・新羅・高麗の使者がいたわけです。ただし、ここに参加した死者は「偽物」とも。ということは、暗殺に「偽物の使者」も関わったから、と考えるのが自然です。

ただ、この記事に関しては解釈がよく分からない。
他にも「韓人が殺した」というのは「三韓の調」の席で起きたということを指しているだけ、という説もあります。またこの発言をした古人大兄が、自分が疑われるのを恐れて、韓人のせいにしたという説もあります。
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原文

是日、雨下潦水溢庭、以席障子覆鞍作屍。古人大兄、見走入私宮、謂於人曰、韓人殺鞍作臣、謂因韓政而誅。吾心痛矣。卽入臥內、杜門不出。中大兄、卽入法興寺爲城而備。凡諸皇子諸王諸卿大夫臣連伴造国造、悉皆隨侍。使人賜鞍作臣屍於大臣蝦夷。於是、漢直等、總聚眷屬、擐甲持兵、將助大臣處設軍陣。中大兄、使將軍巨勢德陀臣、以天地開闢君臣始有、說於賊黨令知所赴。於是、高向臣国押、謂漢直等曰、吾等由君大郎、應當被戮。大臣亦於今日明日、立俟其誅決矣。然則爲誰空戰、盡被刑乎。言畢解劒投弓、捨此而去。賊徒亦隨散走。
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