天武天皇(百二十七)難波の室宮の火事・無端事・御窟殿で倡優に禄を

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天武天皇(百二十七)難波の室宮の火事・無端事・御窟殿で倡優に禄を

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原文

乙卯酉時、難波大藏省失火、宮室悉焚。或曰、阿斗連藥家失火之引及宮室。唯、兵庫職不焚焉。丁巳、天皇御於大安殿、喚諸王卿賜宴、因以賜絁綿布各有差。是日、天皇問群臣以無端事、則當時得實重給絁綿。戊午、宴後宮。己未、朝庭大酺、是日、御窟殿前而倡優等賜祿有差、亦歌人等賜袍袴。庚申、地震。是月、爲饗新羅金智祥、遣淨廣肆川內王・直廣參大伴宿禰安麻呂・直大肆藤原朝臣大嶋・直廣肆境部宿禰鯯魚・直廣肆穗積朝臣蟲麻呂等于筑紫。

現代語訳

(即位15年)1月14日。酉の刻(午後6時)に難波の大蔵省(オオクラノツカサ)で失火して、宮室(オオミヤ)は全て焼けました。ある人は言いました。
「阿斗連薬(アトノムラジクスリ)の家から失火して、引火して宮室に及んだ」
兵庫職(ツワモノノツカサ)だけは焼けませんでした。
1月16日。天皇は大安殿(オオアンドノ)に居て、諸々の王と卿(マヘツキミ=臣下)を呼び寄せて、宴を与えました。絁(フトギヌ)・綿・布を与えました。それぞれに品がありました。この日に天皇と群臣(マヘツキミタチ=臣下たち)に問い、無端事(アトナシコト)をしました。その当時に真実を答えられれば、重ねて、絁(フトギヌ)・綿を給付しました。
1月17日。後宮で宴(トヨノアカリ)をしました。
1月18日。朝廷で大いに酺(サケノミ)しました。この日に御窟殿(ミムロノトノ=?)の前に居て、倡優(ワザヒト=芸人)たちに禄(モノ)を与え、品がありました。また、歌人たちに袍袴(キヌハカマ)を与えました。
1月19日。地震がありました。
この月に新羅の金智祥(キンチジョウ)を宴会をしてもてなすために、淨広肆の川内王(カフチノオオキミ)・直広参の大伴宿禰安麻呂(オオトモノスクネヤスマロ)・直大肆の藤原朝臣大嶋(フジワラノアソミオオシマ)・直広肆の境部宿禰鯯魚(サカイベノスクネコノシロ)・直広肆の穂積朝臣蟲麻呂(ホズミノアソミムシマロ)たちを筑紫に派遣しました。
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