履中天皇綾(上石津ミサンザイ古墳)

MENU
TOP>資料>履中天皇綾(上石津ミサンザイ古墳)

履中天皇綾(上石津ミサンザイ古墳)

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

履中天皇綾(上石津ミサンザイ古墳)

履中天皇
古事記 http://nihonsinwa.com/column/novel/34.html
日本書紀 http://nihonsinwa.com/column/novel/45.html
大阪府堺市西区石津ヶ丘にある。
別名が百舌鳥陵山古墳
履中天皇が葬られているとされているが、実際は分からない。
前方後円墳。
百舌鳥古墳群の一つ。
古墳の中では第3位の大きさ。
墳丘長365m。
ミサンザイは「陵(ミササギ)」が転訛した言葉とされる。
築造は5世紀前半。
現在の堀は一重だが、調査により二重だったと分かっている。
陪塚として、七観音古墳、東酒呑古墳、経堂古墳などが残っている。
倍塚は昔は10個あったらしい。倍塚とは中心の古墳に葬られた人間の近親者や臣下や、副葬品を納めるためのものとされますが、実際のところは意味がよく分かってない。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

アクセス

阪和線の上野芝駅から歩いていけます。
ですが、大抵の人は大仙古墳(仁徳天皇陵)と一緒に観に行くと思います。大仙古墳(仁徳天皇陵)から大仙公園を抜けて、履中天皇綾(上石津ミサンザイ古墳)まで歩くことも十分可能。距離にして2キロ前後。30分くらいかかります。大仙公園には、「堺市博物館」があり、一見の価値あり。ただし堺市博物館は月曜が定休日です。月曜日に行くと大仙公園のすべての施設が閉まっています。観に行くなら月曜日は何としても避けましょう。ちなみに大仙公園内にもいくつかの古墳(跡)があります。
周囲の地図
スポンサードリンク

解説

築造は5世紀前半。
これは古事記・日本書紀の記述と矛盾しない。
ところが、考古学的には大仙陵(仁徳天皇陵)よりも古いという……仁徳天皇は履中天皇の父親……まー、この古墳に履中天皇が眠っているとも限らないし、大仙陵に仁徳天皇陵が眠っているとも限らない。この辺りはなんとも言えない。ただこんだけ、どデカイ古墳が残っている以上は、天皇でなかったとしても、すごい人物が眠っているはずです。

天皇が眠っているとされる古墳は南向きに配置されています。現在、これは海岸線に沿って…海岸を船で通った時に「立派に、大きく」見えるようにしたのだと言われています。南向きの配置は、堀の排水などから考えても不自然なことで、意図的に無理して南向きに配置したようです。

私としては「天子南面」というように、天皇だからこそ、古墳を南向きにしたのではないか?と思うのですが。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

SNSボタン

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

ページ一覧

編集