第十段一書(二)−3子孫八十連屬まで俳人(狗人)に

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第十段一書(二)−3子孫八十連屬まで俳人(狗人)に

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現代語訳

第十段一書(二)−3
彥火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)はこの瓊(タマ=玉)と鉤(チ=釣り針)を持って、本宮(モトツミヤ=自分の宮殿)に帰って来ました。そしてまず、海神(ワダツミ)に教えられた通りに、その釣り針を兄に渡そうとしました。兄は怒って受け取りませんでした。そこで弟は潮溢瓊(シオミチノタマ)を出すと、潮が溢れて、兄は溺れました。兄は救いを求めて言いました。
「わたしはあなたに仕えて奴僕(ヤッコ)となります。お願いだから助けてください」
弟が潮涸瓊(シオヒノタマ)を出すと、潮は自然と引いて兄は助かりました。

しかし兄はさっきの言葉を撤回して言いました。
「わたしはお前の兄だ。
どうして兄が弟に仕えるのか??」
弟はまた潮溢瓊(シオミチノタマ)を出しました。
兄はそれを見て、高い山に走って逃げました。
潮が山を沈めてしまいました。
兄は高い木に昇りました。
潮は木を沈めてしまいました。
兄は逃げ道を失い、逃げるところが無くなりました。
兄は罪を認めて言いました。
「わたしが間違っていました。
これからずっと、わたしの子孫八十連屬(ウミノコノヤソツヅキ=子々孫々)まで、常にあなたの俳人(ワザヒト)となります。
ある書によると『狗人(イヌヒト)』です。

どうか哀れんでください」
弟は潮涸瓊(シオヒノタマ)を出しました。
すると潮は自然と引きました。
これで兄は弟に神の加護があると知り、ついにはその弟に従って仕えることになりました。これ以降、火酢芹命(ホノスセリノミコト)の末裔である隼人などは、現在に至るまで天皇(スメラミコト)の宮墻(ミヤカキ)のそばから離れず、代々、吠える犬のように仕えています。世の中の人が針を失っても責めないのはこの話が所以です。
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解説

兄と弟
日本の古来では家督を継ぐのは「末子」と言われています。細かいことを言うと、末子相続は説であって、まだハッキリとはしていないのですが、確実なのは現在のように「長子相続」が決まっていないということです。

これは冷静に考えるとおかしなことです。現在のように兄弟の年齢が数歳程度で収まるなら良いのですが、古代では兄弟間で親子ほど年齢が違っていることだって、ままあるのです。ましてや権力者の子息だとその傾向は強い。それでも「末子相続かもしれない」と思わせる記述があるだけでも「変」な訳です。まぁ、ともかく日本の古代は末子相続の傾向があるよ、ってことがまず一つ。

その末子相続が発生しやすいのが「海洋民族(=海人族)」です。海洋民族は年齢が一定に達すると、海へと飛び出して行きますから、長子は一番最初に家から出て行き、最後に家を継ぐのが結果的に末子になるからです。これは実際、現在の日本でも漁業が生計になっている地域では慣習として残っています。
この神話
あと、この「海幸山幸」の神話は明らかに東南アジアに残る神話とほぼ同じ内容です。つまり、東南アジアと九州南部は文化的につながりがあった。台湾・沖縄と、それより西のインド、中東までを結ぶ海運航路あったのではないか?と思われます。
参考:サルタヒコ
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個人的コラム

狗人と俳人
狗は番犬という意味でしょう。俳人の「俳」は「人に非ず」と書くのを見るに良い意味ではない、ような気がします。

大和朝廷の根本は稲でした。米は保存が利くもので、これを「税」として「通貨」代わりに徴収することで、大和朝廷という国家を成立させました。だから、稲が大事です。

ところが九州南部は水はけが良すぎて稲が育たない。
だから九州南部は大和朝廷になかなか参加することが出来なかった。というか、参加するメリットが無い。なにより九州南部は沖縄・台湾・中国といった交易によって利益を得ていたので、国力もあった。

仲哀天皇が九州を平定したとありますが、これもまだ九州北部です。つまり神功皇后が朝鮮征伐を行ったときもまだ、九州南部は独立を保っていました。わたしは神功皇后が朝鮮に進出した背景が、九州南部以外の交易ルートを確保するという目的があったからと考えています。

その後、九州南部も大和朝廷に参加します。おそらく、朝鮮半島経由の中国→中国南部という別の交易ルートが生まれたために、優位が崩れ、国力が落ちたのでしょう。その後、白村江の敗戦で朝鮮半島ルートが遮断されるのですが、そのときには九州南部が大和朝廷に入っているために、経済的な意味では朝鮮が不要になった。ひっくり返すと、九州南部の存在価値は相対的に上がる事になります。

そういう複雑な事情があって、俳人・狗人とおとしめながらも、神話に取り込んで行くことになります。おとしめては居るのですが、この神話で言えば、隼人は皇統なのです。天皇の祖先の兄弟なのです。「血」で言えば悪いものではありません。
●そういうと山幸海幸で隼人が取り上げられているのは、古事記編纂時の政治事情から…という風に聞こえますが、日本書紀で異伝が書かれている以上は、神話自体は古いと思います。
●個人的には九州南部からあらゆる文化が入って来た。その経緯がこの神話に反映されているとも思っています。



原文

時彥火火出見尊、受彼瓊鉤、歸來本宮。一依海神之教、先以其鉤與兄、兄怒不受。故弟出潮溢瓊、則潮大溢、而兄自沒溺。因請之曰「吾當事汝爲奴僕。願垂救活。」弟出潮涸瓊、則潮自涸而兄還平復。已而兄改前言曰「吾是汝兄。如何爲人兄而事弟耶。」弟時出潮溢瓊、兄見之走登高山、則潮亦沒山。兄緣高樹、則潮亦沒樹。兄既窮途、無所逃去、乃伏罪曰「吾已過矣。從今以往、吾子孫八十連屬、恆當爲汝俳人。一云、狗人。請哀之。」弟還出涸瓊、則潮自息。於是、兄知弟有神德、遂以伏事其弟。是以、火酢芹命苗裔、諸隼人等、至今不離天皇宮墻之傍、代吠狗而奉事者矣。世人不債失針、此其緣也。
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