第十段一書(三)−1天候が悪いと幸を得られないから

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第十段一書(三)−1天候が悪いと幸を得られないから

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現代語訳

第十段一書(三)−1
ある書によると……
兄の火酢芹命(ホノスセリノミコト)は巧く海の幸を得る事が出来ました。よって海幸彦といいました。弟の彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)は巧く山の幸を得る事が出来ました。よって山幸彦といいました。兄は、海に風が吹いたり雨が降ったりして天候が悪くなると海の幸を得られなくなります。弟は風が吹こうが雨が降ろうが山の幸を得るのに問題がありません。そこで兄は弟に言いました。
「私は試しに、お前と幸を交換したいと思う」
弟はこれを承諾し、交換しました。
兄は弟の弓矢を持って、山に入って獣(シシ)を狩りました。弟は釣鉤(チ=釣り針)を持って、海に入って魚を釣りました。どちらも、獲物を得ることができず、空手(ムナデ=何も持たずに)帰りました。兄は弟に弓矢を還して、「釣鉤(チ=釣り針)を還せ」と求めました。弟は鉤(チ=釣り針)を海中(ウミナカ)に失くしてしまい、探す事も出来ないでいました。そこで新しい鉤(チ=釣り針)を沢山作って兄に渡しました。ところが兄は怒ってこれを受け取らず、元の鉤(チ=釣り針)を還せと責めました。
云々
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解説

古事記では弟が提案
古事記では弟ホオリが兄ホデリに「道具を交換してみませんか?」と提案し、弟が針を失くして兄はキレるという物語になっています。参考:海と山の道具交換

日本書紀第十段本文−1海の幸と山の幸第十段一書(一)−1わたしは幸鉤が欲しいのだでは「お互いに交換しよう」となっています。

そしてこの第十段一書(三)では兄が提案しています。
幸とチ
「サチ」とは「海山から得られる食べ物」なのか、「道具」のことなのか? はたまた「海山から食べ物を得る事の出来る霊威(もしくは能力)」なのか??
第十段一書(一)−1わたしは幸鉤が欲しいのだに「幸鉤(サチチ)」という言葉があります。「サチ」と道具の表す「チ」ですから、「サチ」は道具ではないという見方も出来ます。
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個人的コラム

申し出たのは兄か弟か
古事記では弟、日本書紀ではお互いが2書と兄が1書、となっています。どちらにしても弟が勝利するわけですが、申し出る人物が何故、書によって違うのか???

誰が申し出てもどうでもいいよ、とも思いますが、弟は天皇の祖先で、兄は隼人の祖先ですから、どっちでもいいというわけには行きません。氏族の名誉に関わることです。
オリジナルに近いのは日本書紀
わたしは、日本書紀がよりオリジナルの神話に近いと思います。それはなぜか? 古事記の物語は理不尽だからです。

よく考えると酷い。

弟が道具の交換を申し出て、弟が道具を失くし、海神の元に身を寄せて数年も行方不明になり、帰ってきて、道具を返すときに呪いを掛けて、兄を貧しくして、それで怒った兄を海神の魔法の道具で返り討ち。その結果、兄を従属させる。
兄から見ると理不尽きわまりない。

せめて「道具交換を申し出た」のが「お互い」か「兄」でないと、兄に非が無さ過ぎる。
古事記は隼人への配慮か?
古事記で弟が申し出たことになっているのは、兄…つまり子孫である隼人への配慮だったのでしょう。それだけ隼人は大和朝廷で重要だった。

おそらくは九州南部は沖縄・台湾を経由して東南アジアや中国南部と交易があったのでしょう。朝鮮半島への足がかりを失った古事記編纂当時、九州南部はほぼ唯一の文化の流入地となっていた。その事情が反映されているのではないか?と思っています。

原文

一書曰、兄火酢芹命、能得海幸、故號海幸彥。弟彥火火出見尊、能得山幸、故號山幸彥。兄則毎有風雨、輙失其利。弟則雖逢風雨、其幸不忒。時兄謂弟曰「吾試欲與汝換幸。」弟許諾因易之。時兄取弟弓失、入山獵獸。弟取兄釣鉤、入海釣魚。倶不得利、空手來歸。兄卽還弟弓矢而責己釣鉤、時弟已失鉤於海中、無因訪獲、故別作新鉤數千與之。兄怒不受。急責故鉤、云々。
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