意富祁命は弟の袁祁命に皇位を譲る

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意富祁命は弟の袁祁命に皇位を譲る

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書き下し文

ここに二柱の王子等、各天の下を相い讓り意富祁の命、其の弟袁祁の命に讓りて曰く、「針間の志自牟が家に住みし時に、汝命、名を顯さずは更に天の下に臨む君に非ざりき。是、既に汝が命の功と爲し、故、吾は兄と雖ども、猶、汝命、先ず天の下治せ」といいて、堅く讓りき。故、辭ぶること得ずして、袁祁の命、先ず天の下治しめしき。

現代語訳

二柱の王子はそれぞれが天下を譲り合いました。意富祁命(オオケノミコト=仁賢天皇)は弟の袁祁命(ヲケノミコト=顕宗天皇)に譲り言いました。
「針間(ハリマ=播磨)の志自牟(シジム)の家に住んでいたときに、お前が名を明かさなかったら、天下を治める君主にはなれなかっただろう。だからこれはお前の功(イサオシ=手柄)だ。わたしは兄といっても、まずはお前が天下を治めるのだ」
と言って、硬く譲りました。それで断ることができず、袁祁命(ヲケノミコト=顕宗天皇)がまず天下を治めました。
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解説

兄と弟が皇位を譲り合う。そういう話は今までにもありました。仁徳天皇とその兄の宇遅能和紀郎子(ウヂノワキイラツコ)です。

また綏靖天皇のところにもありました。
参考綏靖天皇(三)神八井耳命は皇位を弟に譲る
「私は兄ではあるが、未熟で弱く、不能致果(イシキナ=良い結果は出ない)いだろう。今、あなた(=ヌナカワミミ)は優れて神武(アヤシクタケシ)がある。私は悪い所がある。あなたが天位(タカミクラ=皇位)について、皇祖(ミオヤ)の業(ツギテ=継ぐこと=天皇の仕事)を受けるのはもっともなことだ。わたしはあなたの助けとなって、神祇(アマツヤシロクニヤツシロ)を司り祀りましょう」

譲り合いは無くとも、兄ではなく弟に皇位が引き継がれるというケースは多いです。これはまず儒教の考えがあります。儒教では、権力が「譲られる」ことが良いという考えがあります。もう一つは日本の末子相続です。どうも日本は古来から末子相続の毛があります。

ただ、儒教は目上を敬い、長男が偉いのですね。それと末子相続は相反する考えです。真反対です。これが両方とも並び立つのが「日本的」です。日本では儒教の「徳治主義」「礼」「上下関係」を吸収しつつ、日本古来の考えも無くしませんでした。これは、日本が宗教や文化をつぎはぎに吸収してきたからです。

現在でもクリスマスを祝い、寺で除夜の鐘を鳴らし、年が開けると神社に初詣と、宗教をはしごするのは実に日本的。これと同じで儒教が入ってきたからといって、儒教に染まるのではなく、部分的に採用するのが日本の知恵です。
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