枚岡神社

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枚岡神社

漢字・読みヒラオカジンジャ
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概要

大阪府東大阪市出雲井町
アメノコヤネ命(天児屋根命)
アメノコヤネ命のヒメ神(天児屋根大神の后神)
タケミカヅチ命(春日大社から勧請)
フツヌシノカミ(春日大社から勧請)
あの藤原氏の祖神を祀る神社
奈良の平城京から大きな港である大阪の「難波津」へと行く途中に枚岡神社はあります。この神社の祀る神はアメノコヤネ命。この神様はあの有名な藤原氏の祖神です。

物語・由来

中臣鎌足(ナカトミノカマタリ)という名前を覚えていますか?
この人物は後の天智天皇である中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)とともに大化の改新を行った人です。大化の改新後に中臣から藤原に変わり、平安時代の摂関政治で有名な藤原氏の先祖となります。その中臣氏の祖神がアメノコヤネ命です。
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性格・能力

藤原氏は天皇にならなかった
もともと天皇の祭祀は中臣氏と忌部氏が担当していました。忌部氏は徐々に権力を失い、逆に中臣氏は権力を拡大し、大化の改新以降、平安時代の終わり、平家が台頭するまでの非常に長い間、権力を維持ししたのは中高の日本史で勉強した通りです。しかし、その藤原氏は摂関政治を行っても、自らが天皇になることはありませんでした。そのくらいの力はあったのに――です。枚岡駅の近くの参道には皇孫輔弼と書かれ石の柱があります。皇孫輔弼というのは「天皇家を補佐する」という意味です。

ところで中臣氏と共に祭司を行っていた忌部氏は、権力の中心から外れても自分たちが歴史ある血筋であることを証明するために、古語拾遺という歴史書を天皇に献上します。中身はかなり忌部氏にとって都合のいい神話が多く、差し引かないといけません。

ところで、枚岡神社のアメノコヤネ命は、枚岡神社に居る以前は、近くの神社の恩智神社にいた。恩智神社は奈良の飛鳥を見守っていたよう。枚岡神社も平城京を守るように配置しています。どうやら、アメノコヤネ命――藤原氏は京を追いかけて神社を移動した節があるのです。皇孫輔弼という言葉と神の引っ越しは、藤原氏と天皇家の繋がりを示唆しています。
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神社や関連する土地

元春日
「元春日」という表記があるので、春日大社から勧請されたのかと思ってしまいますが、逆で春日大社(奈良)へアメノコヤネ命を勧請して出来たのが春日大社で、枚岡神社の方が古いです。
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