忌部(イミベ)

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忌部

漢字・読みイミベ
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概要

忌部は「祭祀の道具」を調達する部署のこと。下記の「忌部」という言葉がでてくる記紀の抜粋を見ると分かりますが、「紀伊の国の忌部」とか「粟国の忌部」という具合にその地方の国々で部署があったわけです。

ただ大抵の場合、「忌部」というと大和朝廷の中央にあった「忌部」のことであり、「忌部氏」をさすことになります。地方公務員と国家公務員の違いですね。この公務員は世襲なんですけど。この忌部氏の祖先の神が「天太玉命(アメノフトダマ)」で、神代の物語の祭祀に登場します。

アメノフトダマは物語では、絶えず中臣氏の祖先である天児屋命(アメノコヤネ)の次に記載され、一段下に設定されています。これは記紀成立のときの政治状況…中臣氏(藤原氏)が権力を持っていたこと…が理由とも言われます。なにせ忌部氏が昔からついていた職にも中臣氏が入り込むほどでした。
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物語・由来

五伴緒の子孫
アメノコヤネ命は中臣連の祖神です。
フトダマ命は忌部首(イミベノオビト)の祖神です。
アメノウズメ命は猿女君(サルメノキミ)の祖神です。
イシコリドメ命は作鏡連(カガミツクリノムラジ)の祖神です。
タマノオヤ命は玉祖連(タマノオヤムラジ)の祖神です。

第七段本文-2 八十万とも言われる多数の神々は
中臣連(ナカトミノムラジ)の遠い祖先の天兒屋命(アメノコヤネ)と忌部(イムベ)の遠い祖先の太玉命(フトダマ)が、天香山アメノカグヤマ)の五百箇の眞坂樹(イホツノマサカキ)を掘り出し……

第七段本文-3 中臣神と忌部神はお願いしました。
その時、手力雄神(タヂカラオ)がアマテラスの手を取り、岩屋の外に引っ張り出しました。
そこで中臣神(ナカトミノカミ=天兒屋命【アメノコヤネ】)、忌部神(イムベノカミ=太玉命【フトダマ】)がすぐに端出之繩(シリクメナワ)を張りました。

第七段一書(二)-1日神が臭くなる
忌部(イムベ)の遠い祖先である太玉(フトダマ)に幣(ニキテ)という麻や木綿で出来た布を作らせ、玉作部(タマツクリベ)の遠い祖先の豊玉(トヨタマ)に玉を作らせました。

第七段一書(三)-2これほど素晴らしい歌は聞いたことが無い
下の枝には粟国(アワノクニ)の忌部の遠い祖先である天日鷲(アメノヒワシ)が作った木綿を掛け、忌部首(イミベノオビト)の遠い祖先である太玉命(フトダマ)が取り仕切って、厚く祝詞(ノリト)を歌い、奉りました。

第九段一書(一)―4天津日嗣は天地の在る限り永遠です
中臣氏の先祖の天兒屋命(アメノコヤネノミコト)、忌部(イムベ)の先祖の太玉命(フトダマノミコト)、猿女の先祖の天鈿女命(アメノウズメミコト)、鏡作(カガミツクリ)の先祖の石凝姥命(イシコリドメノミコト)、玉作(タマツクリ)の先祖の玉屋命(タマノヤノミコト)、以上の五部(イツトモノオ)の神をニニギに同伴にさせました。

第九段一書(二)—3大物主神を祀った始まり
紀国(キノクニ)の忌部(イムベ)が遠い祖先の手置帆負神(タオキホオイノカミ)を、笠を作る「作笠者(カサヌイ)」としました。

神社や関連する土地

天太玉命神社
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