志賀海神社

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志賀海神社

投稿日時:2017-06-08 09:21:17
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概要


住所福岡県福岡市東区志賀島877
祭神表津綿津見神・仲津綿津見神・底津綿津見神
(=綿津見三神=イザナギ黄泉の国から帰ってきて禊をした時に生まれた海の神)
阿曇連が信仰し、祖先の神が「綿津見三神」であるという記述が古事記・日本書紀に見られる。

物語・由来

創建
いつ創建されたかはハッキリしない。社伝によると元は「表津宮・仲津宮・沖津宮」と三つあったものが、阿曇磯良という安曇氏の先祖で神様が表津宮が現在の志賀海神社に遷宮した(つまり以前はまた別の場所…島の南側?にあったらしい)。
山誉種蒔漁猟祭、山誉漁猟祭
志賀海神社では春と秋に「山褒め」を行う。山を褒めて、おだてて豊漁・豊猟をお願いする祭りです。そこで君が代によく似た歌を歌います。
君が代は 千代に八千代に さざれいしの いわおとなりてこけのむすまで
あれはや あれこそは 我君のみふねかや うつろうがせ身骸に命 千歳という
花こそ 咲いたる 沖の御津の汐早にはえたらむ釣尾にくわざらむ 鯛は沖のむれんだいほや

志賀の浜 長きを見れば 幾世経らなむ 香椎路に向いたるあの吹上の浜 千代に八千代まで
今宵夜半につき給う 御船こそ たが御船ありけるよ あれはや あれこそは 阿曇の君のめし給う 御船になりけるよ
いるかよ いるか 汐早のいるか 磯良が崎に 鯛釣るおきな

似ているのは最初の一行だけで君が代と同じとは言えないでしょう。そもそも君が代は祝いの席で歌われていたものを変更したものです。
歌の中に「香椎路」という間違いなく「香椎宮」への道を表す言葉が見られ、香椎への道が「吹上の浜」とあるのでやはり香椎宮の周辺は「海」だったのだと思われます。728年の歌で「香椎潟」とあるので、この歌の成立は728年以前になりますね。
あと「イルカ」が出ているのを考えると、この辺りはイルカが見られる場所だったのでしょう。
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神社内の施設

鹿角堂
10000本の鹿の角が奉納されている。これは神功皇后がシカ狩りをしたことが由来。鹿と志賀島が関係しているかどうかは分からないが、全く無関係とも言い切れない。神社の神事の山誉漁猟祭ではシカ狩りの様子が再現されている。鹿の角は釣り針の材料となる。鉄では錆びてすぐに使い物にならない。
海幸山幸の神話で、海の中で釣り針が三年たっても存在できたのは材質が「金属ではなかった」からです。海洋民族にとって鹿の角はかなり貴重なものだったのではないかと。
亀石画像は亀石
神功皇后による三韓征伐の際、阿曇磯良が亀に乗って皇后らの前に現れたという伝承に因んで後世奉納された霊石が亀石。
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