妹子は唐の書を百済人に掠め取られる

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推古天皇(二十七)妹子は唐の書を百済人に掠め取られる

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原文

爰妹子臣奏之曰「臣參還之時、唐帝以書授臣。然經過百濟国之日、百濟人探以掠取。是以不得上。」於是、群臣議之曰「夫使人、雖死之不失旨。是使矣、何怠之失大国之書哉。」則坐流刑。時天皇勅之曰「妹子、雖有失書之罪、輙不可罪。其大国客等聞之、亦不良。」乃赦之不坐也。

現代語訳

妹子臣(イモコノオミ)は申し上げて言いました。
「私めが参り帰ってくるときに、唐の皇帝は書(フミ)を私めに授けました。しかし、百済国を通過したときに、百済人は探って掠め取りました。それで献上することが出来ませんでした」
群臣(マヘツノキミタチ=臣下たち)は話し合って言いました。
「使者は死んだとしても、その旨(ムネ=目的)を失わないものだ。この使者はどうしてか、怠って、大国(モロコシ=中国のこと)の書を失ってしまったのか」
それで流刑(ナガスツミ)の罰としました。その時、天皇は勅(ミコトノリ)して言いました。
「妹子は書を失った罪があると言っても、たやすく罪とするべきではありません。あの大国の客人たちからこの事を聞くのは、意地が悪いことだ」
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解説

妹子は中国からの書を無くしてしまったようです。これに関して、「日本にとって都合の悪い書だったから、紛失したことにした」という仮説があります。ですが、裴世清が一緒に来日しているのですから、そう言った嘘が成立するとは思えない。この仮説が正しいとなると、裴世清は妹子とグルってことになります。

中国の歴史書の隋書には「裴世清は日本人を高く評価している」と思われる記述があったので、もしかすると裴世清は日本に感化されたか、親密になったか、しちゃったのかもしれませんから、グルになって口裏を合わせたのかもしれませんが、まー、どうでしょうね。

私は、百済人が実際に盗んだのではないかと思います。

中国は伝統的に「遠交近攻」という戦略をとります。これは遠い国とは仲良くして、接している国とは戦争するという戦略です。まぁ、遠い国と中国で、接している国を挟み撃ちにするんですね。

となると百済としては日本と中国が、結ばれるのはマズイわけです。だから書を盗んだとしても不思議じゃないってわけです。
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