天智天皇(六)狹夜郡の禾田の剣・加巴利浜の灰の鳴鏑

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天智天皇(六)狹夜郡の禾田の剣・加巴利浜の灰の鳴鏑

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原文

是歲、播磨国司岸田臣麻呂等、獻寶劒言、於狹夜郡人禾田穴內獲焉。又日本救高麗軍將等、泊于百濟加巴利濱而燃火焉、灰變爲孔有細響、如鳴鏑。或曰、高麗・百濟終亡之徵乎。

現代語訳

(斉明天皇即位7年)この年、播磨国司の岸田臣麻呂(キシタノオミマロ)たちは宝の剣を献上して言いました。
「狹夜郡(サヨノコオリ=兵庫県佐用郡)の人の禾田(アワフ=粟を作る畑)の穴で獲ました」
また、日本の高麗を救う将軍たちは、百済の加巴利浜(カワリノハマ)に泊まって火を焚きました。灰が変化して孔(アナ=穴)になり、細く響く音がありました。鳴鏑(ナルカブラ)のようでした。ある人は言いました。
「高麗・百済がついには滅ぶ徴候か」
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解説

播磨国司の岸田臣麻呂の宝剣
播磨風土記の讃容郡中川里の条に「近江天皇の世に丸部具(ワニベノソナウ)の家が買った剣の祟りで死に絶え、後に苫編部犬猪(トマミベノイヌイ)が丸部具の家の跡の土の中から剣を見つけ、不思議な剣だったので朝廷に献上した」ということが書かれています。

問題はこの一文が「凶兆」として描かれているのかということです。単に「事実」を書いただけならば、それでいいのですが、仮に「百済・高麗の滅亡」を示唆する凶兆ならば、播磨国司は「禍々しいもの」を朝廷に奉じたことになります。つまり朝廷は、「霊威の強い」ものを集めて、それを管理する性質があったんじゃないかと思うのです。よく、髪の毛が伸びる人形を寺が持っているように、一般の人には手に負えない霊力のあるモノを寺社が管理するのと一緒です。
高麗を救う
日本は高麗を救う軍隊を出していたということになります。ただし中国や朝鮮の史書にはそう言った記述はありません。
鳴鏑
鳴鏑は中が空洞になっていて、矢の先につけて飛ばすと音が鳴るものです。これまでにも日本書紀や古事記で登場しています。「威嚇」や「警告」の意味を持っていて、戦争に使われていたのでしょう。
その鳴鏑の音がした、ということはここが戦場になる、ということで、ということは新羅や唐の軍隊がここに来るということになり、それはつまり、滅亡に限りなく近いことってことです。
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